張遼さんの住んでるマンションにお邪魔した、一等地に建つ超が付く高級なあれだ。内装はシックで落ち着いた雰囲気、こんないいところに住んでるのか!と、ぶったまげてビクビクしたのは最初だけ。
部屋で何をするでもなく、他愛ないことをしゃべって微睡んだ。
ふと、ごろごろ甘えてみたらすんなりと受け止めてくれて、自分からそうしたくせに、思わずわたしはまじまじと、彼の顔を舐めるように見つめてしまった。
「どうした」
「え、あ、その……突っぱねられると思ってたんで」
「……」
苦笑い。
その表情にモヤモヤしたものが溢れるように胸の奥で渦巻いている、知らない、こんな張遼さん知らない。
「優しくされるより、遠い昔のように扱われたいとでも?」
「……」
そう、なのかな?
わたしマゾっ気があったのかな、というか目覚めた人?殴られたりするのはさすがに嫌だけど冷たい視線とか、鋭く尖った雰囲気とか、なんだろう、恋しいわけじゃなくて……こう、モヤモヤ?見たいのに見たくない、矛盾してる。
違和感とも違うこの感じは一体。
「なまえ」
少しだけ舌足らずなしゃべり方は変わらない、けどひどく優しくて温かい。
「ひとつだけ約束してくれないか」
「約束?」
「ああ」
張遼さんの胸板に押し付けられるように抱きすくめられ、耳元で呟かれる。今も昔も張遼さんの声のトーンはすごく気持ちいい。
「頼むから、もう私の前から居なくならないでほしい」
「え」
急にどうしたというのだろうか、掠れ掛かった声に驚いて顔をあげれば不安そのものを描いたような表情の張遼さん、ああまただ、膨らむモヤモヤ。
「今の私にどんな不満があるのか想像もつかない、頼む、同じ悲しみを繰り返させないでくれ」
「張遼、さん?」
「なまえを、二度も失いたくない」
離すまいとぎゅうぎゅう抱きしめられた、ちょっと待ってください苦しい!
それになんだか張遼さんは勘違いをしているらしい、まるでわたしが別れたいことを仄めかしていて、それを張遼さんがイヤイヤって言ってるような。
「あの、わたし別れたいなんて思ってません」
「ならば何故、昔はあんなにしつこくしていたくせに今は手のひらを返したように!」
「そ、そんな、手のひらを返してなんか」
「ならば私が納得するような理由をお聞かせ願おう」
理由なんて……。
別れたいとか全然思ってないのに。巣食うモヤモヤ、なんだろうこれ。
「今だって前と同じ……いや、前よりも張遼さんが好きですし、再開出来てこの上ない幸せ噛み締めてるんです、けど」
「けど?」
「なんか、この辺りがモヤモヤしてて昔見せてくれなかった表情を見せられると、こう、なんていうか」
胸よりもちょっと下、モヤモヤムズムズすることを伝えてはみたけれど、伝えたところで何か変わるだろうか。少し考え込む仕草を見せた張遼さん、パーツパーツが整ってる顔に思わず魅入る。
昔より肌が綺麗だなあ、髭もよく手入れされてるみたい、あ、睫毛長くて羨まし……。ふと目線を上げた張遼さん、ふわりと持ち上げられた睫毛に魅入って心臓が飛び跳ねた。
ギュッと苦しくなる胸の奥。
なんで気付かなかったんだろう、張遼さんが好きなことに変わりはない、モヤが掛かってたところがすっきり晴れたような気分だ、見たいのに見たくない矛盾、これって照れだ!
気恥ずかしくて相手の顔をよく見れないことってよくあると思う、多分それ。好き過ぎてつらい、うんそれだ。
「張遼さん」
「どうした」
「わたし、多分」
惚れ直したんじゃないかな、と思います。
20130517
20131215修正
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