暗から明へ | ナノ


乗り慣れたSUV、オフロードよりも舗装された道を走る方が向いている四駆のそれ、SUVと括られる割に砂利も雪道も似合わない。

高級思考など特に持ち合わせているわけではないが、せっかく会社側がボーナスとしてくれたのだから、使って損はないだろう。(時折現物ボーナスがあるこの会社は世間的に見て異端なのだ)

燃費がすこぶる悪いのは街乗りと通勤にしか使っていないからだろう、燃費を気にして乗るようなものではないことくらい重々承知である。

気が付けば国道から市街地へと車を走らせていた、時々昔から自分でも意図しないうちにふらりと彷徨う癖があった。

どこに向かっているのか、何かを探さなければならないような、奇妙な錯覚を覚えて結局目的もわからぬまま落胆して、一日を終えることがたびたびある。

病気とも思えるその奇行に何度も医者に掛かろうかと思案したが、発狂したり記憶が飛ぶ、途切れるといった深刻さはまるでないようだからまだ大丈夫、と行かずじまいで今に至る。

そして今日もまた、有給まで使って市内を一周したのち市街地の路地へ向かった。今日は見付かる、絶対に今日は、と根拠のない確信めいたものに突き動かされて。

雨上がりの路地は水たまりができていた、少々水捌けの悪い道は近くの小中学高校の通学路になってはいるが、スクールゾーンの指定にはなっていない。

子供らの急な飛び出しや、歩行者に水たまりの水を被せてしまわぬように注意を払いつつ走行を続ける。

一体何をしているんだ馬鹿馬鹿しいと考える反面、本能が探せ探せと体を突き動かす、何を探す、何故探す、見えない答えはすぐに解けた。

「あれは……」

近くの高校の制服、己の目に映ったそれに目を奪われる。水たまりを踏んで歩く姿を食い入るように見つめ続けた、ちらりと見えた横顔に胸辺りでつかえていた謎が全て落ちた、納得のいく答えが見える。

遠い遠い昔の記憶。

産まれてくる以前のものだ、己の前世、七不思議やオカルトめいた非科学的な物事は信じていない方だが、不思議としか言いようのない感覚。厳密には自分でない者の記憶を思い出した。

古い中国のとある国、自分は戦ばかりの毎日に存在意義のような、それに近いものを探しながら生きていた、血生臭い戦場、それなりに名を上げた武将だった。他人との馴れ合いはあまり好まずいわゆる一匹狼のような。

そこで出会った不思議な女子、当時からしてみれば奇妙な格好をしていたが今思えばあれはジャージ、現代から過去へとタイムスリップしたという現実離れした現実、初めて出会ったのがあろうことか前世である。

名をなまえといった。

突然やってきて、突然消えていったなまえには憤りすら感じたが、しばらく共に過ごした時間は忘れ難く掛替えのない記憶となり、ようやく大事にしたい者が出来たと喜びを噛みしめる間もなくなまえは居なくなった。

今でこそ甦った記憶、運命など信じるようなタチではなかったが、他の適切な表現が見つからない。

溢れ奔流するような記憶の波に、いつかのなまえ。

車外のすぐそこには水溜りを踏んで歩くなまえが居る、遠い昔に会った時のまま変わっていないようだ。

あの時掴んでも掴みきれなかった大切な繋がり、長い間焦がれ続けたものがようやく見つかった、今度こそ、絶対に離すものか。

車を脇に止めて降り立つ、通り過ぎるなまえを追いかけた。覚えてくれているだろうか、忘れてしまっていないだろうか、一抹の不安が込み上げてくるが歩みは止まらない。

「まるで小学生だ」

震えそうになる声を絞り出した、なまえの動きがぴたりと止まり、焦らしているかのようにゆっくりと振り向く、最後に見た時よりもずいぶんと線が細くなったように見えた。

「無反応とは如何なものかと」

驚いているらしいことはわかった、動揺しているのだ、どうしてここに?とでも聞きたげな表情に不安を上回って込み上げる愛おしさ。

「しばらくぶりだ、本当に」

控えめに肩へ手を乗せた、振り払われる様子はなくそのまま頬へ滑らせる、信じられないような顔はみるみる内に全ての感情を涙に乗せて吐き出した、声も上げずに流れ落ちるものを指先で掬う。

堪らず腕を引いて自分の中に閉じ込めた。

20120205
20131215修正

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