じりじり焼かれるような暑さが右頬を攻撃して、ひやりとした心地よい感触が左頬を支配する、少しじめじめしてるのが難点だ、それにしても右頬あっつい。
「っ!」
なんで寝そべっているのか次第に意識がはっきりしてきて、飛び上がるように上体を起こした、気が付けば池の淵、がんがん照りつける強い日差しはあの時のまま、池に落ちる直前。
辺りを見回して見慣れた風景を確認した、学校の校舎が見え隠れ、それから自分を見て着慣れたジャージを見て泣きそうになった。
わたしは帰ってきた、自分の本来居るべき場合に。落ちて異世界に行けた池を覗き込んで見たがあの時とは様子がまるで違っている、暗くて深い闇を覗いているようだった池に今は赤と白の斑模様の鯉が悠々と泳いでいて、底もしっかり見えていた。
今までの出来事は全部夢だったんだろうか、張遼さんと過ごしてたあの日常は幻かはたまた妄想だったのか、暑い日差しが容赦なく照りつける中で呆然と池の底を見つめる。
白昼夢のような完璧な妄想。
自分を抱きしめるようにうずくまって泣きそうになった時、一瞬だけちくりとお腹が痛んだ気がした、まさかと思いながら恐る恐るジャージをめくって痛んだ気がした箇所をよくよく見てみる。
「あ」
薄く残る傷痕らしきもの、あの時の傷痕に間違いないと感じた、今となってはその傷痕さえも全部が愛おしくて唯一張遼さんとの繋がりをもたらしてくれるかのような存在に思える、夢じゃなかった。全部が本当にあった出来事だった。
それでももう向こうに戻ることは出来ない、張遼さんにももう会えない、二度と会えない、無性に会いたい、ぐるぐる頭のなかで張遼さんが言ってくれた言葉が巡ってる。
行くな。
そう言ってくれた、頼むって、初めて張遼さんに頼みごとをされた、一番嬉しい頼みごと。張遼さんの雰囲気、香り、感触を必死に思い出して忘れまいとしっかり記憶の中に閉じ込める。
人の記憶は曖昧でひどく頼りない、いつかは薄れ忘れてしまうであろうものかもしれないけれど、わたしは絶対に忘れない、絶対に、忘れたくない。
目の前の池は柔らかい風が吹くたびに水面が揺れる、無理かもしれない、わたしはダメもとで池に向かってダイヴした。誰だって奇跡とか幸運な偶然を信じて期待したいものだ。露出した足にゆるゆると泳いでいるらしい鯉の表面が当たる。
前に落ちた時のような、あの吸い込まれるような感覚も急降下する疾走感もまるでなく、ジャージが水を吸って水底にゆっくり沈んでいく感覚だけ、虚しいこの上ない。やっぱりだめか……と思いながら身体の力を抜いた時に、上からものすごい力で引っ張られた。
「大丈夫か!」
「っ、げ…ほっ…」
襟首を掴まれて池から引き上げられた、周りには部活の仲間と引っ張りあげてくれている顧問の先生、すごい形相でもう一度大丈夫かって聞いてくる、勢いに気圧されて大丈夫だという意味を込めながら頷けば部活の仲間も先生もすごく安心したように深く息を吐き出してた。
やっぱりみんな心配してくれてたんだ、なんか申し訳ないけど複雑。何ヶ月も居なくなってたんだから無理もない。
「全く、どこまで草むしりに行ってたんだよ」
「集合時間になっても戻ってこないから探したよー」
「30分くらい探してさ、まさかと思って古池の方にきたら丁度なまえが池に落ちてるところじゃねえか!って」
「え」
どういうこと?
時間の食い違いに気付く、わたしが居なくなったのは数ヶ月ではなくてたったの数十分から数時間?そういえばあの日からみんなの様子は全く変わっていない、周りの雰囲気もわたしが草むしりをしていた時と変わらない。
何より、今池に落ちたこと以外はジャージも首に巻き付けたタオルも持っている、呆然とする他に何が出来ようか、軽い熱中症にでもなったと思い込んだらしいみんなが労ってくれる中、一人わたしはしばらく自分で自分が使い物にならないだろうと感じてた。
家に帰ってもお母さんに学校から連絡が入っていたみたいでひどく心配された、生返事を繰り返して部屋にこもると膝を抱え、声を殺して泣いた。
何もやる気がしなかったし、出来る気もしなかった。しばらくの間、授業も上の空で先生に何度も注意されたけど気にしてる暇なんかない。
拝啓、張遼さん。
わたしはものすごく寂しいです、そしてあなたがとても恋しいです。
20121206
20131215修正
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