暗から明へ | ナノ


なまえは以前に比べて随分と馴れ馴れしくなった、遠慮も自重もかなぐり捨てて我が道を突き進んでいるらしい。

うんざりするほど見たあのへらへらした顔、最初の頃は切り捨ててやりたくなるほど腹立たしいものがあったのだが、最近ではその感覚も麻痺してしまった。

慣れとは恐ろしい、また今日も無駄に煩く執拗に絡んでくる。

「おはようございます張遼さん!今日も無敵に素敵なお髭ですね、触らせてくださ」
「……」
「あっ嘘です冗談です、そんな一体どこから武器が!」

それらの慣れがいつしか当たり前のように錯覚していた、たった数月、短い期間の間に生活は随分と様変わり。騒々しい毎日は昔に比べて独りよがりであった己が周囲をよく見渡すようになり、見えるものが色付き新鮮さを帯びるようになった。

昔から見慣れた景色が違うふうに見え、その中でも特になまえの存在感は圧倒的。

「張遼さーん、お昼持ってきましたあ!」
「……」
「一緒に食べてもいいですか?」
「どうせ断ると言っても居座るだろうな」
「いただきまーす」
「……全く」

どんなに騒がしくても。

「げえ!司馬懿さんがありえないほどガチギレた表情でこっちに来てるんですけど!張遼さん助けてください!」
「なまえ、昨日竹簡に何をした」
「お茶零しました」
「……」
「ご、ごめんなさ」
「なまえ!この馬鹿めが!」
「ウワアア来たあああ張遼さん後生です助けて!」

面倒事を持ってきても。

「なまえ、なまえ」
「なんですか曹操さん」
「今夜わしの部屋に遊びに来んか?」
「マジですか!お泊り会です?」
「そうだな、お泊り会だ!美味い茶菓子もたんとあるぞ」
「やったー!行きます行きま……あれ、張遼さんに夏侯惇さん?」
「孟徳……ちょっと来い」
「なまえ、今夜は自分の部屋で待機だ」
「え?え?」
「いや夏侯惇、わしは別にそんなやましいことなど……張遼、おぬし目が怖すぎる」

なまえが居なくなることを絶対に考えなかった、考えたくもなかったのかもしれない、自分が思っていた以上になまえが近くにいると安心感を覚えていたようだ。

「張遼さーん!おはようござ」

ようやく共に居るのも悪くないと思え始めた頃、変化が訪れる。早朝鍛練からの帰り、なまえが向こう側から走ってやってきた、いつものように飛びついて絡みついてくるのだが、今回はいささか事情が違った。

飛びついたはずのなまえが転んだ、ただ転んだだけならば、鈍臭いだの相変わらずだと厭味のひとつでも言えるのだが、そうではない。

突然の出来事に言葉が続かない、呆然となまえを見つめることしか出来なかった。私の腕を掴もうとしたなまえがすり抜けたなんてことがあるものか、あってたまるか。

「張遼さん、今避けました?」
「……避けてなどない」
「じゃあ、さけました?」
「……さけてもない」
「わたし、今すり抜けてました?」
「……」

ぺたぺたと床や自分を触れ、首を傾げるなまえは更なる異変にすぐ気付いたようだ、手のひらを頭上にかざしてそれを見つめている。

「張遼さん」
「……」
「大変です、私の手のひら、向こう側が透けて見えます!なにこれすごい!」

すごいわけがあるものか、透けているなまえが何を意味するのか答えはひとつしかない。このままいけば恐らく……なまえは消える。

消えて死ぬのか、元居た場所へと帰るのか私にはわからないが、この場所、私の近くから消えて居なくなるのは確かなこと。

「見てくださいよ張遼さん、わたしマジもんの天巫女だったんですね!」

一度足元に落とした視線をなまえに戻した、はしゃいでる場合ではない、あんなにも私にしつこくしておいて、自分は刻が来たら私のことなどあっさり見切りを付けてどこかへと消えてしまうのか。

「お前は結局自分が一番かわ……」
「そんなことないですよ」

遮るようになまえが口を挟んだ、口調は随分と穏やかで落ち着いてはいたが、頬は濡れていた。泣いているのだと気付いた時にはなまえ自身が全体的にぼやけて見えた。

そっと近付いて濡れた頬を拭う、まだ触れることが出来る、まだ温かい、確かな温もりが感じられる。静かに落ちてくる涙にがどうしようもなく愛おしい、今更気付いても手遅れだというのに。

初めて泣きそうになった。

20120615
20131215修正

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