暗から明へ | ナノ


雲ひとつない真っ青な空、その頂きには燦然たる太陽。

「あっつ……」

その下には学校指定の体操着と軍手、首からはお気に入りのスポーツタオルを装備したぴちぴちの女子高生のわたくし、なまえ。

世間は夏休み真っ只中だというのにうちの部活(陸上部)は練習もそこそこに、何故か校舎周りの草むしり。何が悲しくてこんな日差しがガンガン照り付ける中で、雑草むしってなきゃいけないのか。

そりゃあ、砂漠のど真ん中みたいなやばいくらいの照り返しがあるグランドをひたすら延々と走らされるよりは、いくらか草むしりの方がいいかなー、なんて少しは思ったよ。さりげなく日陰の草むしってりゃいいや、そのうち終わるだろって。

そんな適当さ丸出しの感じでいざレッツ草むしり!ってなった時に、顧問がむやみやたらにむしっても終わらんだろうからじゃんけんして負けたやつ、日なたのところな!とか提案してくれやがりました。こういう時に神様っていうやつは、とんでもなく意地悪なんだ。まさか負けるなんて。

わたしだけ独り寂しくがんがん照り付ける日差しの下で草むしり。

「暑い焼けるとける」

うだうだと文句を零しながら、我が物顔でそこらじゅうに生えていやがる雑草を掴んでは引き抜く。生まれてこの方、これほどまで雑草に殺意を覚えたことはない。雑草絶滅しろ!もおお限界!

首筋に流れた汗を拭きながら、与えられた持ち場を離れ校舎の日陰に避難。じーわじーわうるさく鳴く蝉が非常に不愉快だが、今は疲れて怒る気力もない。

ひんやりとした校舎の壁に背中を預けていると、日なたとはまるで違う心地好い風が流れてくる。ふと辺りを見回すと、わたしは他の人達がいる場所から随分と離れた方で草むしりをしていたようだ。

誰の声も聞こえないし、何よりうちの学校は庭(というかむしろ庭園?)がむだに広いために見慣れない場所に辿り着いてしまった。

なんて言うか……古風な昔の……言うなれば日本庭園のような場所、井戸があって松が生えていて、大きな池がある。確か以前何度かこのむだに広い庭を探検したことがあって、その時はどこの宮廷ですかと聞きたくなるような場所に出た。

中世のフランス式庭園のようなね。

さて問題です、一体わたしはどこにいるでしょう。正解はわたしにもわかりません。こんな広い庭つくる余裕があるなら校舎を新しくしてほしかった。砂利の敷かれた日本庭園もどきをぐるり、と見渡して歩く。松の木の横に鹿威しも見付けた、相当古いものなのか水は流れているものの苔がびっちりと生えている。

かこん、かこん、と一定の間隔で鳴るそれから流れた水が池に通じていて、池に波紋が拡がっていた。鯉とかいたりするのかな、ブラックバスとかだったらせっかくの風情が台なしだろう。

いたらいたで面白いけど。

なんて考えながら池を覗き込んでみたが何もいない。おかしいな、些か不自然である、アメンボも田螺すらいないのに池の水は手入れが行き届きすぎているくらいに綺麗だったのだ。

かこん、かこん、と背後で鹿威しが鳴ると、水が池に流れ込んできて水面を揺らす。最も一番不自然に感じたのは、わざわざ立て札がしてあり○○池(○○の部分は掠れて読めない)と書いてあるのにも関わらず、底が見えない。だからといって沼と形容するにも、あるはずの泥がないために沼とも言い難い。

あえて例えるとすれば、水の下にぽっかりと闇が沈んでいるような……そんな感じ。

うん、不気味。

それ以外にぴったりの言葉は今のところ見つからない。例えば満月の夜、別世界と通じるようになるとか、何かの物語にありそうだ。他にも魔界に通じてるとか、水面に人影が映るとかね。

そんなことありえないけど。

ぴん、と張った水面には自分の姿すら写っておらず、好奇心からか少しだけ触れてみようかと手をのばした。水に触れかけた時、さっきまで太陽の光りすら反射しなかった水面にうっすらと何かがうごめく。よくよく目を凝らして見ていると、もやっとしたものが浮かび上がってきている。

それがなんなのかはわからない。びっくりしてのばした手を引っ込めたが、水面に触れていないというのに水がざわざわと揺れはじめたかと思うと、自然現象では到底ありえない水柱が立った。

「げっ……!」

ただ呆然とそれを見ていることしかできなくて、わたしはその水柱に飲まれたことに気付くまで、数秒かかった。

ごぼごぼ水中に沈んでいくというのに、息は全く苦しくない、視界もオールクリア。ここは水の中じゃないの?はい出ようともがいてみても一向に浮上しない、むしろどんどん沈んでいく、池の淵が見る見るうちに遠ざかりついには見えなくなった。

助けて!

叫んだつもりが、それは気泡となって出てくるのみ。普通に呼吸はできているのに。勘違いでなければ、さっきよりも水中に沈んでいく速度が速まっているような気がしてならない。一旦固く目を閉じて再び開けば一瞬にして視界が変わる。暗く深い水の中からどんよりと灰色の雲が広がる場所。

曇っていたせいで少し判断が遅れたがつまりは上空。

ばっ、と見上げてみれば真上に、多分そこから出てきたのであろうぽっかりと浮かぶ黒い穴。わたしは穴から吐き出されて、次は上空を浮遊している。

いや、違う。

浮遊ではなくて、落下だ。

落下速度がハンパなく、さっきの沈む、という感覚とは比べものにならない。耳元ではごうごうと風の音がうるさい。見る見るうちに雄大な大地が迫ってきている、このまま行ったら即死間違いなし!いろんなものがこんにちは、なんてしてる自分を想像して一気に恐怖感が増す。

強風に煽られながら刻々と迫る死期に、絶望というものを初めて感じ取る。

「……っ!」

ほんとにほんとにもうダメだ、固く目を閉じて、むだだろうけれど身体を縮めて身を硬くした。お父さん、お母さん、先立つ親不孝なわたしをどうかお許しください、南無アーメン(仏教キリスト混ざってるけどまあ、いいか)

ざばぁ、と言う音と共に全身を包む冷たいもの。

水だ!とんでもない高さから落ちてたまたまそこに水があったのは、不幸中の幸い。水面に打ち付けた背中がびりびりと痛む、今度は本当に水の中、息が苦しい。底に足がついたのでおもいっきり蹴って水面に浮上する。

少し水を飲んだらしい、むせ返りながらもからっぽの肺に酸素を送り込む。何度か深呼吸を繰り返し、そこから上がろうと淵に手をかけたところで、ひんやりとしている先の鋭く尖ったものが喉元に突き付けられた。

「何奴、貴様どこから入ってきた」
「面妖な奴だ、将軍殿に報告しろ」

1本とかじゃなくて、そりゃあもう何十本も四方八方から。

「……ぶえっくし」

吹きすさぶ(多分恐らく)北風が濡れた身体に優しくない、冷水に浸かったままもう一度潜ってみれば元いたところに帰れるかな、と思ったが少しでも動こうものなら喉が勢いよくかっ捌かれそうなのでひとまずじっとしていよう。

まさかとは思うがこれが今、巷で流行りの超時空旅行……俗に言う異世界トリップというやつなのだろうか。現代では到底ありえない服装、さらには銃刀法違反で即連行されそうな武器の数々を見て思う。

「貴様、水から上がれ」

剣先を向けられたまま促され、ほとんど感覚の失われた手足に鞭打って震える体を持ち上げた。冷水の中から陸へと這い上がり、地面へとへたりこんだ。砂まみれになるとか、そんなことよりも着ているジャージが水を吸っていて尋常じゃない寒さに、自身の体を抱きしめるように縮こまる。

わたしに槍を向けているうちのひとりにどこからかやって来たひとりが耳打ちをする、少し考え込むようにわたしを見た後向けていた槍を退けた。

「ひとまず牢に入れる、手枷をしろ」

何人かの人は槍や剣を向けたまま、二人掛かりで両手を後ろで縛られ無理矢理立ち上がらせられ、半分引きずられるように連れていかれる。

(想像してたのと随分違う……)

異世界に飛ばされる、イコール心躍る新しい人生の始まりみたいな方程式は呆気なく崩れていった。手首に食い込む手枷と震える身体がそれを物語る。松明のようなものを点してやっと足元が見えるくらいの明かりの中に(きっと地下だ!)連れられ入れ、と一言。

牢に押し込まれた。重たい扉の閉まる音と、鎖の擦れる音が辺りに響く。わたしをここへ連れて来た人達は明かりと共に遠ざかり、しばらくして自分の息遣いしか聞こえなくなった。

目を閉じても、開けていても変わらないそこにある暗闇。

「……誰も、いない?」

応答はない。

何も見えない、何も感じない、ここに自分が在ることすらもわからなくなりそうな場所。さっきまでだれていだ暑さが遠い昔の夢のよう。

「……さむ」

突然の出来事にただ呆然となるほかなかった。


(叩かれた扉の音が表すもの)

20091211
20131130修正

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