「張遼さー……うわっ!」
目が覚めた。
悪夢を見た時のような寝覚めの悪さ、ぱっと瞼を持ち上げ、勝手に視界へと入り込んできたのはなまえ。
仕方なく、殿の命であるから本当に仕方なく女官を務めさせてやっていて、全く以って信じ難いが遠い未来からやってきたなどと摩訶不思議なことを言っていたことを思い出す。
そしてつい先日、死にかけた死にたがりである。
勝手に視界へと入り込んできたくせに、彼女は心底驚いた表情を見せてすぐに視界から消えた、尻餅をついたらしくどさりと鈍い音が耳に届く。
「何故ここに」
「いてて……か、勝手に入ったのはすみませ」
「全くだ」
「ですけどね、司馬懿さんが『張遼殿を起こしてこい馬鹿めが!』って怒るんですもん」
「司馬懿殿が?」
すっくと立ち上がり、全く似ても似つかないような司馬懿殿の口真似をしながらなまえが言う。竹簡の催促ならば『起こしてこい』などとは言わないはずだ。
しかし期限付きのものは早々に仕上げ提出をしたはず、元より溜め込んだ覚えもない。
「緊急の軍議があるとか言ってませんでしたっけ」
「……」
そうだ、私としたことが。
二、三日前、急に策の変更等があるからと急遽予定の軍議とは別にまた軍議があったことをすっかり忘れていた。
額に手を宛て思いがけない己の不覚にうなだれている場合ではない、すぐさま寝台から降り立てばなまえが着替えを差し出してきた。
「張遼さん……しっかり!」
「お前に言われるとは屈辱だ」
「ひどい!」
「だが一応礼は言っておく」
「司馬懿さんにねちねち厭味言われる張遼さんを想像したらすごく可哀相になっ……いって!」
「前言撤回」
なかなか少しは気の利くやつだと感心してやったというのに、こいつはいちいちひと言多い、足りてなさそうな頭を叩いてやった、少しはまともになればよいのだがな。
「あーん、もう張遼さんてば、わたしこれでも死にかけた身なんですから少しは労ってくださいよう」
「現にぴんぴんしてるやつのものとは思えん発言だな」
「……ごもっとも」
先日起きた民の暴動は鎮まった、なまえが刺され倒れたことによる沈静、呆気ないといえば呆気ない。
死んだかに思えたなまえだが現にこうして何事もなかったかのように振る舞えている、不覚にも私が助けられたことは思い返せば何とも言えず、苦い。
更に言えば、民がなまえのことを天巫女だと囃し立てたのも存外無視出来ぬ、連れ帰り手当てをするために抱き上げた時の異常な軽さ、城にて看た者が閉口した傷の消滅、なまえは確かに槍で刺し貫かれて倒れた。
不思議としか言いようがない。
「でも生きててよかったです、また厭味な張遼さんを見れて安心しました!」
「余程死にたいらしい」
「冗談ですよ冗談!でもそんな張遼さんも好き!」
「……とんだ物好きが居たものだ」
一時はどうなることかと今後を懸念した、一瞬ひやりとさせ、殿や司馬懿殿、夏侯惇殿に心配をかけて当の本人はこうしてへらへらと何事もなかったかのように振る舞う。はた迷惑だと言ってやりたいが、ひどく安心したのは確かであるから何とも言い難い。
更にあれからこいつは口を開けば「好き」だと、それはそれは軽々しく何度も繰り返す、どうかしている。
軽口はよせと言ってやりたい、以前も何度か言った気がするが。(その時は全く笑えない冗談に対してだったか)
しかし今はそれほど悪い気はしなかった、だいぶ毒されてきているらしい。
「好きです張遼さん!」
「勝手に言っていろ」
慣れとは恐ろしい、騒がしさももはや当たり前のように感じている己が居た。
20120424
20131213修正
← / →