今、何と言った。
なまえは、今、何と言った?
私を突き飛ばし腹部から槍の切っ先を覗かせながらも笑った、あいつは本当に馬鹿なのか、自分は天巫女ではなくただの人間であると叫んだ時の表情は見るに耐え兼ねる。
呆然としたのは私だけではないようだ、敵も味方もぴたりと動きを止めてまじまじなまえを見遣った。
槍の持ち主は何が起こったのか理解出来ていないらしい、立ち尽くし、瞬きも呼吸さえも忘れたようだ。
崩れ落ちたなまえの腹部から槍の切っ先が抜け、一瞬表情を歪めたが奴はこちらに振り向いて笑った。
「あ、わ……う、うあ……!」
私に向かって呟き、地に沈んだなまえを見て槍の持ち主が持っていた槍を落とす、がたがたと震え出し、誤ったとは言え自分のしたことにひどく怯えている。天巫女様を傷付けてしまった、そう譫言のように繰り返す。
ここが戦場だとは思えぬほどに静まり返り、ざわりともしない、ただ一人の譫言だけが辺りに響くのみ、崩れ落ちてから一寸も動かないなまえに恐る恐る声を掛けた。
我ながら愚かしいとは思う、腹を槍で突かれ返事が出来る者などそうそう居ない。しかしそれでも名前を呼ばずにはいられなかったのだ。
なまえが天巫女などと呼ばれることを、鼻で笑うように思っていた私だったが、今この瞬間なまえは本当に天巫女なのかもしれないと、一瞬でも信じかけた己がいた。
と、言うのも刺され重傷であろうから、傷に障らぬよう慎重に抱き起こした際に困惑したのだ、まるで絹のように軽すぎる身体、抱き上げた感覚が薄すぎる。
「……なまえ」
呼び掛けにぴくりともせず、いつもの苛立たしいへらへらした笑みも、開けば訳のわからない言葉や不平不満の小煩い口も、見飽きたなまえの常がどこにも見当たらない。
「なまえ」
今の私には既に戦意はない。
いつ背後を突かれてもおかしくはないが誰ひとりとして動こうとする気配はない、暴動は鎮圧されたと見做していいだろう、もはや全ての者が戦意を喪失している、だが今頃戦が終わっても遅すぎる。
「なまえ!」
彼女をなくしたら意味がない。
以前なまえが私と徐晃殿に、武を掲げる意味を教えてくれと言った、私が目指した至高の武は未だ答えを見出だせていなかったが、武を掲げることにより己が強さを示すためだと少なからず考えていた。
強さの本質とはなんだ。
それは単に強さを誇示するわけでも、目の前に立ち塞がる者を薙ぎ払い討ち果たすことでも、武技を見せるためでもない。
大切な者を守るため。
そのことをなまえが身を挺して私に気付かせた、このようなことで真の武を見極めたくはなかった。
何故戦うのか。
平和と安穏、そして大切な者との刻を守りたいがため。
あまりにも自然な答えがまるで見えていなかった、当然過ぎたがために見えなかった、大切な者ために振るう刃こそが最も強く在れる要因だと。
気付くのが遅すぎた。
「なまえっ!」
(見えた時には手遅れだった)
20120409
20131213修正
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