暗から明へ | ナノ


完全に相手方の勢いに飲まれた。

まずいと思った時に事態は既に最悪の戦況、味方の士気は上々、しかしそれを上回る相手方の士気の高さ、もはや異常と言えようそれ。

なまえを神格化させ天巫女として崇め奉ろうとしている、日々の生活に困窮した流浪の民の集団、厚過ぎる信仰心は時として暴徒を生む。兵士でもない者達に間者の真似事が出来るとは思えなかったが、困窮によって立つ瀬をなくした者達には、時として正常な判断力や常識が奪われるものだ。

現状が変わるだけでも構わぬからとにかく今を脱せねばと、縋るものを必死で手探りするのは、生きていくための本能的な行動なのだろう。民はただ、平穏な暮らしを望むだけだというのにどこで道を踏み違えたのか。

「……全く、なまえなど崇めても腹は膨らまぬというのに」

得物を構え、がむしゃらに向かってくる暴徒と化した民を見据える、平穏を望むだけの民を傷付けるわけにはいかない、切っ先は向けず刃の背で急所を突く、加減もしなければならない。この戦がままならぬ原因、後をなくした民の暴徒化、それとむやみやたらに傷付けてはならないということだ。

「……くそ」


滅多に口にしない悪態もつきたくなるこの状況、覆すのに相当な時間と兵力を費やすことになるだろう、容易ではない。得物を構え直し、ふと昔のことを思い返す、このような状況を呂布殿ならどう切り抜けただろうか。答えは簡単だ、呂布殿であれば民だろうが、何であれ己の前に立ち塞がる者は斬って捨てるのみ。

溢れ出る暴、あらぶる切っ先、阿鼻叫喚の地獄絵図の中心は常に呂布殿だった、紛うことなき絶対的な強さは、まさに真の武として相応しいと信じて疑わなかった。しかし純粋に強さのみを求めることが武人としてあるべき姿なのか、呂布殿にとっての真の武はそうであるのかもしれない、ならば私にもそれは当て嵌まるのか。

……いいや、私の求めたものは暴ではない。

得物を握りしめ、暴徒と化した民をまた一人と気絶させる、気が付けば雨が降り出していた、崩れ落ちた民の上に慰めなのか慈悲なのか、それに近しいような優しい雨粒が落ちる。

民が戦うことを余儀なくされるまでに追い詰めたのは誰だ、決して抗えない存在、国を背負って立つ者だ、民を守り国の平穏を保つべき者はどうしたというのか。

「天巫女様の加護あれ!」
「っ!」

ぼんやりしている暇などない。

相変わらずなまえを天巫女だと信じて疑わない、この様子だと反乱を鎮めても、なまえが天巫女でないことを理解した時に民は更なる絶望感に打ちひしがれる。このまま反乱を続けさせるのも無意味、鎮静化させてもそのあとが不憫でならない。

どうすればいい。

武を掲げること、真の武を探し求め極めることに初めて迷いを感じた、何のために得物を構えているのか、私は何のためにここに居るのだ。

(周囲の喧騒が遠退いていく、己の鼓動が妙に煩く緩慢に響いた、動きを止めたことにより標的にされようと、まるで竦んでしまったかのように、得物がひどく重い)

私は、何故……。



間に合え、お願いだから間に合え!

「って、ぎゃああああ!速い怖いお尻が痛いこの性悪!」

道なき道をひたすら、馬にしがみついて駆け抜ける、あろうことかわたしは今、あの嫌な思い出しかない張遼さんの愛馬、性悪馬に乗っている。(わからないなりにちゃんと鞍と手綱も付けてみた)

城の中で張遼さんが居ない虚しい日々を過ごしていた最中に聞いてしまったよくないニュース。

張遼さんの軍勢が押されていて、芳しくない状況らしいこと、嫌な予感とモヤモヤ鬱屈した気分が爆発寸前で居ても立ってもいられず勝手に城を飛び出した。(門番さん、張っ倒してごめん)

陸上部でいくら脚に自信のあるわたしでもさすがに速さと持久力で馬には勝てない、それで厩からこの性悪を失敬した。

国同士の大規模な戦じゃないから、兵力も馬の疲労も極力最小限に抑えたい理由で置いてきぼりを喰らったらしい性悪馬、最高に不機嫌そうに見えたのは多分そのせい。

張遼さんが危ないかもしれない、後でいくらでも頭をかじっていいからお願いわたしを張遼さんのところに連れてって!

何が出来るわけでもない、死ぬかもしれない、足手まといなのはよくわかってる、それにわたしが原因で起きた反乱だし、次元を越えて来てしまったのが不可抗力であっても、この時代にそぐわない言動をしていたのは迂闊だった。

償いだの罪滅ぼしだの後悔することよりも、今の自分に何が出来るかって考えたら、張遼さんにこの性悪馬を届けて、天巫女とか勘違いされてるわたしが、ただの普通の平々凡々な人間だってことを叫ぶことくらい。

反乱が収まるかどうかはやってみなきゃわからない。この時代でわたしが死んだとしても、元々わたしが居るべき時代じゃないわけだから何ら問題はない……と思う。

しかしわたしのせいで張遼さんが死んだりしたら、多分事実が書き換えられて、歴史が変わる、歴史上で張遼さんがいつ、どうやって亡くなるのかは知らないけど、今回ではないことくらいはわかる。わたしは歴史上に残されたりしたらいけない存在で、わたしが原因で死ぬ人がいてはいけないんだ。

「お願いがんばれ!」

必死で馬にしがみつく、どんなに性悪でも自分の主人に危険が迫っていることを野生の勘か何かで察知するのか、コイツは「振り落とされんじゃねえぞ」とでも言いたげに鼻を鳴らした、今だけは一時休戦でわたしたちは協定を結ぶ。

一分でも一秒でも速く、張遼さんの元へ辿り着きたい、お互いに失うわけにはいかないから、性悪馬は主としての張遼さんを、わたしは……わたしに対しては冷徹の塊そのものみたいだけど本当は優しい張遼さんを。

どのくらい走り続けたのかはわからないが城から出て来て相当な距離を来たことだけはよくわかっている、傾き始めた太陽がそれを教えてくれた、元からどんよりとした空模様だったが日が落ちてくると辺りは急激に暗くなる。

途中からは涙みたいな雨が降り出してきた。

ざわつく風が喧騒を運ぶ、金属のぶつかり合う音と初めて感じる血生臭さ、込み上げてくる吐き気を必死で押さえ込み、更に前へと猛進する、馬は自分の主がどこに居るのかしっかりと把握しているようだ。一際大きな人の波の真ん中に目立つ銀と色合い鮮やかな鎧が目に付いた、間違いなく張遼さんだ、馬がグンとスピードを上げて主の元へラストスパートをかける。

張遼さんが危ない。

何かに取り憑かれたかのように、どこを見据えているのかわからない視線、武器を持つ手が力無く垂れ下がっている。馬が人の波を掻き分けるように突っ込んで、張遼さんの手前で前脚を大きく振り上げた、辺りに群がっていた人がじりじりと後退る。

「張遼さん!」

呼び掛けにようやく気付いた張遼さんが振り返り驚きに目を見張る、彼の肩越しに槍を持った人が見えた、張遼さんはそれにに気付いてないようだ。

「お、お前達が何故ここに!」
「張遼さんっ!」

馬から飛び降りて張遼さんを突き飛ばした、冷たいものが背中を抉る、次いで燃えるような激しい痛みに教われ気が遠くなりそうだ。

下を向くと赤く染まった槍の先が頭を覗かせている、背中から腹部を貫通したみたい。

さすがに笑えないかなあ、と思ったけれど張遼さんの顔を見たら、今まで見たことがないほど驚いた表情をしていた、なんだかおかしくて自然と笑みが零れてきた。(ぎこちなさは否めないけどね)

気力が振り絞れたのか、ちゃんと言えたのかはわからない、でも、わたしは天巫女なんかじゃなくてただの普通の人間なんですって、叫んだつもりでいた、もはや確認する術はない。

「張、遼さ……す、きな、んで、す」

言い逃げみたいに気を失ったから。

20120217
20131213修正

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