暗から明へ | ナノ


時代が時代だけに現代っ子のわたしにこの世は不便過ぎる上に、今更ながら居心地があまりよくないことに気が付いた。

「おい」
「……すみません」
「……」

丸めた竹簡が頭に当たる、軽く叩いてきたのは司馬懿さんだ、いつもなら避けたり口答えの一つや二つしていたはずなんだけど今はそれを言う気分じゃない。

曹操さんと話したことが頭から離れない、それから張遼に会いた過ぎて、やる気が起きなくて、頭を働かせるのが億劫。

いつもの与えられた仕事(っていうか単なる作業)をしていて、司馬懿さんはわたしの異変に気が付いたのか、いつもみたいに厭味を言ってこない、変な物でも見たかのような視線を寄越して眉根にシワを寄せただけ。

「今のお前は使い物にならんようだな、今日はもういい」
「……すみません」
「素直に謝られると寒気がするわ」
「……」
「さっさと行け、馬鹿めが」
「……ありがとう、ございます」

盛大なため息もつかれた、素直に謝って寒気がするとか言われた、悲しくもなかったし怒りも沸いてこない、口ではああ言うけどあの司馬懿さんが気を使ってくれたんだから。悲しんだり怒ったりするのは筋違い。

司馬懿さんの部屋から出てそのまま自分の部屋には戻らなかった、これって職務怠慢とか言われちゃうかな?今のわたしは確かに使い物にならないと思う、心ここに在らずだし、自分で言うのもちょっとおかしいけど。

ただ、張遼さんが何も言わないで戦に出てしまったのが考えていたよりもショックで、絞り出した勇気で好意を伝えようと意気込んだ直後だったから余計に。

(……ショックな、だけ?)

回廊から空を見上げた、ずっと灰色。

もやもやした感じがどこまでも付き纏ってそれがけだるさに拍車を掛ける、独りぼっちからくる寂しさじゃなくて、誰にも心底信じてもらえない焦燥感でもなくて、付いてくるそれが一体何なのか、わからないことにもやもやする。

張遼さんに会った方がいいような気がしてた、自分が会いたすぎてそんなふうに思うのかもしれないけど、早く帰って来てほしい、そう願ってる、張遼さんに会いたい。

今ならどんな厭味を言われても、むしろ厭味しか言われなくてもいいから。

早く、無事に帰って来てほしかった。

(……無事、に?)

考えることすら億劫だったのに突然スイッチが入ったみたいに思考回路が急速に回転を始める、単語がいくつもぐるぐるしてる。

早く、無事、帰る。

無事?

そこからは早かった。もやもやの正体は胸騒ぎ、虫の知らせだとか嫌な予感だとかそんな類のもの。普通の生活をしている中でのそれは、わたしの場合だと大体外れるけど今は普通と大分掛け離れてる、尋常じゃない事態、この世界においてのわたしも。上手く言い表すことが出来ないけど例えるなら肺炎に罹ったみたいな感じ、喘息とか、気管支がざわつくイメージ、ざらざらしたものが居座ってる。

不安はウィルスと似てる、見えないし、増殖して正常な神経を侵して壊す、インフルエンザみたいだ、すぐに形状を変えて進化していくから決まった特効薬はない、常にいたちごっこ。でも、予防は出来る。

不安も同じ、特効薬に代わるものはないけど、不安の種を作らないようにするっていう予防は出来る、不意打ちには対処しようがないけどね。きっとそれだと直感した。

原因がわかって靄は晴れた、今度は嫌な予感にどんなワクチンで対処するかが問題だ、張遼さんが無事かどうかなんて全然わからない、電話も何もない時代にお門違いな苛立ちを覚えた。現代までまだまだ遠い、安否を知る術は全部人づて。

だから城の中をずっとうろついていて、たまたま聞いてしまった今回の戦の戦況にわたしは居てもたってもいられなくなり、思わずその場を飛び出した。

『簡単な戦のはずだったのにどうも芳しくない状態らしい、押されっぱなしだと伝令が』

わたしには何もどうすることもできないのに、馬鹿だとしか言いようがない選択肢を選んだ、何もしないで失うよりも、足掻いてもがいて失う方がまだマシだと思ったから。

偽りか真実か、確かめもせずにがむしゃらに、全力疾走で厩に向かった。


20111229
20131213修正

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