暗から明へ | ナノ


「先陣を、ですか?」
「おぬしに任せたい、精鋭をいくらでも好きなだけ引き抜いて構わん、今回の戦は早急に決着を付けたい」

珍しく殿が焦りを含ませた雰囲気を醸し出していた、夏侯惇殿から曹操殿の言伝を受け、殿の元へと参上する。

どうしたものか、常に冷静沈着で何事にも動じない曹操殿が不自然なほどに事を急ぐ、言ってしまえばごり押し、力で捩じ伏せるのだ、到底敵わぬ相手ならば知恵を絞る方が得策。しかし相手は力で敵わぬわけでもない上に、知恵を絞るほどでもなく、大したことのない軍勢である、と殿はいう。

それを相手に全勢力をあげて更に精鋭を先発部隊にするとの仰せ、何かあるなと勘繰らぬ方が不自然だ。

「お言葉ですが殿、今回の任は私でなくとも十分成せるのでは」
「念には念を押さねばならぬ、悪いが嫌とは言わせられんのだ、張遼よ」
「断るなど恐れ多い、殿の命は必ずや全うする所存、ただ理由をお聞きしたいのですが」
「うむ、それが秘密裏と言うわけでもないのだがわしも困っておる」
「と、言いますと」

なるべく公にはしたくない戦い、知られたくないもの、かと言え内密にするほどのことでもない……と。些か矛盾が生じているように思える。

「実は外部になまえの存在が洩れてしまったらしくてな、噂とは恐ろしものよ、あれよあれよという間に尾鰭背鰭がついて気が付けばなまえは天巫女と呼ばれておる」
「天巫女?」
「なんでも、天からの使者でまじないやら祈祷やら摩訶不思議なる力の持ち主で、俗世間の救い人などと言われておるようでな」
「……殿、私の見た限りあの者にそんな力はありませぬ」
「無論わしもそのような戯言を鵜呑みにはしておらん」
「加えて申し上げれば、救いようのない阿呆と言えましょうな」
「これは手厳しいな、そんなところもなまえの魅力のひとつだとは思わんか?」

ようやく余裕を持った含み笑いを見せた殿が冗談混じりに言う、答えかねて曖昧に笑い返せば殿の表情は再び険しいものへと戻っていた。困ってる原因はなまえだったのか、しかもただの小娘だというのに尾鰭の付いた噂が独り歩きし、いつの間にか大層な人物像が出来上がっている。

くだらぬ、全くもってくだらぬ。

それにしてもこの城の中でもなまえ(特に出身)を知る人物は私と殿、そして夏侯惇しかいないはず、何故なまえの存在が天巫女にまで発展したのか。

「わしとしたことが城内へ間者の侵入を許してしまったらしい」
「となると、間者がなまえの存在を知り……」
「なまえは時折わしらとは違う言語を口走るそうだな、それが他の者の目には異様に写ったのだ」

なるほど、つまりこの戦の種はなまえ、得体の知れない妙な言葉を話すのが例え小娘であったとしても何も事情を知らない者の目からしたら異様に写る、警戒していたつもりではあるが少々遅かったらしい。

実はな、と殿がひとつの書簡を差し出した、中身を拝見させていただくとそこには怪文書ともとれよう文字の羅列、丁寧にも宣戦布告、天からの巫女を監禁し災いをもたらす曹魏に神の裁きを、巫女は正しき者の元へ降りるべきである、そのような文章が細々と記されていた。

「確かに、少しばかり厄介な戦になりそうですな」
「全くよ」

たかが小娘のために奔走しなければならないとは……宣戦布告をされたからにはこちらもそれなりに応戦せねばなるまい。何事も起きなければいいのだが胸騒ぎがする、ざわざわと嫌な予感が思考回路を埋めつくしていた。


20110820
20131213修正

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