暗から明へ | ナノ


壁にもたれ掛かり、そのままずるずる崩れるように地面へ腰を下ろした、動悸と息切れが激しいのは全速力で走ったからだと何度も何度も自分に言い聞かせては納得しようとした。

納得しようとする努力はしたけれど、人間の脳はそう簡単に騙せるものじゃない、いくら言い聞かせても複雑な思考回路は結局のところ馬鹿正直なのだ。わたしは元の世界ではただのしがない高校生、自慢出来るのは長年培ってきた瞬発力と持久力、だからそう簡単に息切れするはずがない。

この動悸と息切れは肉体的なものではなくて精神的なもの、例えばものすごく緊張したとか、びっくりした時……とか。

「あっつ……」

日の当たらない陰った場所、北風が表面に突き刺すように容赦なく吹き付ける、凍えそうなほど寒いはずなのに。膝を抱えうずくまる、布越しに腕へ頬の熱がじんわり伝わって顔が相当赤いんだろうなあ、と頭の片隅で考えた。

「最悪……」

最低だ馬鹿だ、わたしはどうしようもない大馬鹿野郎だ、なんで張遼さんから逃げるようなことをした?料理長さんが来たから?緊張したからびっくりしたから?しかもそれを認めたくないがために得体の知れない不安から身を守るためだけに、本当の理由に違うそうじゃないって、何度も言い聞かせて自分に嘘をついた。

その結果がどうだ、逃げ出した時に一瞬だけ見えた張遼さんの表情を思い出してひどく後悔、せっかくのチャンスをわたしは自分で無下にした。手を差し延べた張遼さんの優しさを、僅かながらも歩み寄ってくれようとした姿勢を、払いのけるように振り切った。

なにも逃げ出すことなんてなかったのに、料理長さんがわたしを呼び止める声と、張遼さんの物言いたげな表情が脳裏に焼き付いて離れない。

「……」

胸がちくちくと痛んだ、それと同時に頭にも小さな痛み、目に白いものが掛かりそれが頭に巻かれていた包帯だと気付く。せっかく巻いてもらったのに。張遼さんて、不器用だと思ったあの時の自分に物申す。

「……不器用なのはわたしだって同じじゃないか」
「なんやあ、自覚しとったんかいな」

砂利を踏み締める音、上から降り注いだ声は張遼さんではなくて料理長さんだった、少しがっかりする自分に自己嫌悪。

「料理長さん……」
「あからさまにガッカリしたふうに言わんといて欲しいわ」
「ガ、ガッカリなんかしてません!」
「しとるやろ、嘘はあかん」

首を振る料理長さんにずばり言われて二の句が告げない。

「それに気付いとったやろ」
「え」
「お前が逃げよるから、張遼様えらい寂しげな顔しとったこと気付いとったやろ、本人は無自覚っぽいけどな」
「……」
「ま、俺も間が悪かったわけやけども」

わたしは座り込んだまま料理長さんを見上げてる、頬を掻いた料理長さん、確かに間が悪いこともあったけど一概には言えない。

「……どうしたら」
「ん?」
「わたし、どうしたらいいですか?」
「どうしたらって言われてもなあ」
「また張遼さんのところに行ったとしてもなんて言ったらいいのか……謝るのもなんか変ですよね」
「せやなあ」

逃げ出してごめんなさい、そう言ったところで、だからなんだってことになりかねない、気にしないで振る舞って、またたくさん話し掛けてもっと仲良くなれるチャンスを探せばいい。何もかも水に流してなかったことには出来ない、というかなんとなくそうはしたくなかったし。

「よっしゃ、そんならまた茶ぁ持ってったらええ、とびきりの饅頭用意しといたるわ」
「……」
「なんやあんま乗り気せんのか」
「いやでもやっぱりちょっと気まずいといいますか」
「根性見せてみい」
「いてっ!」

ばしんと一発、喝を入れるように背中を叩かれた、料理長さんは根性と気合いと愛嬌があれば絶対にいけると豪語、そ、そうかな?なんかちょっといける気がしてきたかもしれない。

「好機!と思たらガツンと言うんやぞ」
「はい!」
「目を逸らしたらあかん」
「はい!」
「真摯な姿勢を貫けな」
「はい!」
「そうすればななまえがいかに張遼様を好きかちゃあんと伝わる、心配ない」
「はい!……は?え?」

待って待って料理長さん、ワンモアワンモア何が伝わるって?何が心配ないって?わたし料理長さんにオープンマイハートしたっけ、いやしてない。自分でもなかなか納得出来ないでいるもやもやしたものに苦戦してたのを、料理長さんがあっさり一刀両断。

多分もしかしたら恐らくきっと張遼さんが好きなのかもしれない仮定的感情を、半ば強制的に決定付けてた。なにこれ恥ずかしい、料理長さんてば勘が鋭すぎやしませんか、穴でも箱でもあったら入りたい。

「世話の焼ける奴や、粗方自分に正直になれんかったんやろ」
「ぐぐ……」
「図星やな」
「料理長さんてただ者じゃないですよね」
「俺は今も昔もただのしがない料理人、はぐらかさんで、はよ張遼様んとこ行ってき」
「でも」
「ほら行け、いつまでもうじうじしてたくないやろ」

ぎゅっと唇を噛み締めながらのろのろ立ち上がる、もう一発喝入れたろか?と言う料理長さんに気圧され、わたしは張遼さんのところへ向かった。言えばきっとすっきりする、待ってるだけじゃだめだって、言葉にこそしないけどそんなニュアンスだったから。


20110717
20131212修正

← / →

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -