暗から明へ | ナノ


気になる気にならないの問題ではない、そもそも何故気にせねばならないのか、何故私が……。

なまえを気にせねばならない理由がどこにあるというのだ。料理長がまたべらべらと勝手な見解と憶測で物を言う、なまえの頭の包帯についても不本意だった。直接的なものではないが責任を感じざるを得ない。

「あれは……管理不足だ」
「どないな意味です?」

気になるかどうか云々の問題はさておき、目敏くなまえの頭に巻かれた包帯を見つけた。(気付かない方がどうかとは思うが)料理長はどうやらだいぶなまえを気にかけているらしい、以前に自分も鍋で叩きおろしたこともあるせいか、幾分。

はて、と不思議そうにそれでいて興味深げに料理長が首を傾げ、こちらが口を開く前にまたべらべらと喋りだす。始めからわかっていたつもりだ、癖などではなく生来そういう性格のやつなのだと、だからこそ腹立たしくも苛立たしくもあった、その半面その調子が羨ましく思えたのも確かだ、己には到底真似できない芸当。

「いやあ、それにしても下っ手くそな巻き方でしたなあ、あんなんすぐに取れてしまいますやろ……って、うわ、張遼様なんて顔してはりますん!?」
「……下手くそで悪かったな」
「はい?」
「自分にする分は慣れていても、人にしてやることなどなかったものだからな」
「え、まさか……あれ」

さすがに勘がよければ空気も雰囲気さえ読むのも容易いと、直接的な答えを呈示しなくとも料理長は粗方を察したようだ。まさかと口にしたということは、私がなまえに手当てを施したことがそんなにも意外か。

「ほんなら、余計にですわ」
「余計?」

一人で理解して一人で納得するな、不審げな顔を全面に押し出してやれば、料理長は驚きと物珍しい物でも見たかのような、ふたつが入り混じった表情でこちらを見る。

「話しの腰折ってすまへんけど、とりあえずなまえの頭について話してもろてええですか?」
「……」
「ああ、それからあの包帯、張遼様が巻いたもんとは知らず失礼な口聞いてしもて、それもすまへんでした」

侮れん奴だ、僅かな変化にもよく気付く、少なからず包帯の巻き方にとやかく言われたことに苛つきを覚えていたことにも敏感に反応。ただの料理長のくせにと私が思っていることにも、恐らく薄々気付いているのだろう。

「他人に責任をなすり付けることは十分可能だ、非は私にもあったが」
「つまり張遼様は間接的に関与、と?」
「聞こえが随分と頂けないが、あながち間違いではないから何とも言えぬ、結果から言えばあれは馬に噛まれた」
「う、馬ァ?鍋の次は馬ときはりましたか、あいつもまた数奇な……」
「噛んだのは私の愛馬だ」
「張遼様の馬て気性の激しいことで城内じゃあ随分と有名のようですやん、蹴られたっちゅうことならわかなくも……まさか噛むとは」
「それについては私自身も驚いている」
「それで、自分の馬がやったから直接的ではないとして……っちゅうわけですかいな、それから?」
「いや、まあこれは多少言い訳じみているかもしれんが」

元よりなまえが厩へ掃除など行かなければよかったことだ、私の馬が、私以外には敵愾心を剥き出しにすることをなまえは知らなかったはず。頼まれでもしない限り厩へは行かないと思っていた、そうしたら司馬懿殿がなまえに厩の掃除をさせていた、しかも一人で行ったと。

もちろん司馬懿殿のことだから、私の馬が気性の荒い奴だと知らないはずがないのだ、それをわかっていながら何故そのことをなまえに伝えずにいたのか。それを考えれば司馬懿殿にもいくらか非はあるはずだろう。

つまり司馬懿殿がなまえに厩掃除を命令して、掃除の最中に私の馬が暴走し惨劇を生んだ、それからなまえのことをそれとなく気に入っているらしい子馬が私の元にきて、厩まで連れてこさせた。

「少なからず罪悪感を感じたことは正直に言おう、傷の浅さがせめてもの救いだ」
「大惨事にならんでよかったですわ」

ふむふむと料理長が思案しながら、どことなく嬉しそうなというかにやついた顔がどうにも解せぬ、貴殿は何が言いたい。

「いくつか言わせてもろても?」
「ああ」
「まずあの子馬、頭ええですね」
「同感だ」

甘えたがりで構いたがりの、なかなか手の掛かるやつだがな。

「それから司馬懿様ですが、知っているものだとばかり思ってたんとちゃいますか」
「何をだ」
「張遼様の馬が気性の荒い奴やっちゅうことを、なまえが知っていると」
「馬のことなど……ましてや碌に話しなどしていないのになまえが知るはずもない、仮に知っていたとして何故それを司馬懿殿が知っていることになるのだ」
「や、言い方が悪いようで……司馬懿殿というよりむしろ城の者全員が、なまえは張遼様のお付、つまり女官やから張遼様についてのことは何でも知ってると思ってるっちゅう意味での『知ってる』ですわ」

私の、女官だから。

付きの者が上官の身辺、一日の行動、個人的なことを知るのは当たり前かもしれぬ、なんら不思議はないが我々の場合その当たり前の概念はなかった。となると先程した言い訳も司馬懿殿への責任転嫁は、単なる八つ当たりにしか過ぎない。

「も少しだけ、歩み寄ってやってもええと思います」

間合いには決して誰も立ち入らせず、こちらからも相手の間合いには近付くことすらしないでいた、必要がなかったからだ、煩わしい馴れ合いに嫌悪さえ抱いていた。己の武を高め極めるために何が必要なのか、わかっていたつもりで何ひとつわかっていなかった。

他人との関わりから得られるものの中に答えとなる要素が含まれているのかもしれない。幾多の戦から生き延びながらなお、わからなくなることばかりだ。


20110627
20131212修正

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