暗から明へ | ナノ


扉に跳ね飛ばされてよろけた直後に視界いっぱいの紫、一体何が起きたのか、視線をあげてみれば、今にも爆発してしまいそうなほど怒っているらしい司馬懿さんと目があった。

これはやばい、すっかり忘れていた。厩の掃除をそのまま放棄して、尚且つ馬の仕切り板を壊した(厳密に言えば壊したのは馬である)ことすらも放置して、報告もせずにいたのだから当たり前と言えば当たり前。

司馬懿さんのお怒りだ、胸倉を掴まれてがくがくと揺さ振られる。

「貴様というやつはまともに掃除もできんのか馬鹿めが!」

ここが張遼さんの部屋であろうとお構いなしに司馬懿さんは何度も馬鹿めが!馬鹿めが!と繰り返してはヒステリックに責め立てる。

そんなことを言われても仕方がなかったんだから勘弁して下さい、そう言いたかったのだが、今口を開こうものならば確実に舌を噛む。すると背後から椅子の動く音、どうやら張遼さんが立ち上がったらしく足音が近付いてくる。

「悪いが司馬懿殿、貴殿がそうもなまえを叱り付けるのは筋違いだと思われますが如何か?」
「……何か問題でも?」
「ああ大有りだ、危うく愛馬がなまえを殺めるところでしたからな、私の馬はとんでもなく気性が荒いことを貴殿も承知だったはず、何の助言もなくして馬に近付けさせることはだいぶ問題かと」

張遼さんの言葉には驚かされてばかり、司馬懿さんが馬の気性の荒さを知っていたことには些か……いや大分憤りを覚える、それに張遼さんがわたしを擁護するような発言をしていること自体にも耳を疑う。司馬懿さんが少しムッとしたような雰囲気を醸し出したが異論はないらしい、掴まれていた胸倉が緩やかに離された。

「張遼殿の女官でしたので、てっきり馬の方もこの小娘に心許したものとばかり思っていたのですが」
「生憎、愛馬も私もそれはないと言っておきますぞ司馬懿殿」

それでも何気なくひどいっていうのは相変わらずなんだよね、司馬懿さんはやれやれとでも言いたげに盛大なため息をつき、わたしを一瞥すると、張遼さんに目礼してさっさと部屋を出ていってしまった。

張遼さんもまた眉間にシワを寄せてため息、わたしを一瞥してまたため息、言葉にされなくても呆れられているのは明らかで。

「面倒な役を買って出てしまった己が恨めしくてたまらんな、全くもって面倒だ」
「なんか心の声が盛大に漏れている気がするのはわたしだけでしょうか」
「これは少しばかり大きな独り言であって、それは間違いなく気のせいだ」

わたしなりに頑張ろうと出来うる限りの努力はしたし、頑張っているつもりだったがやることなすことが裏目裏目に出る。

人生うまくいかないこともあるとは言うけれど、さすがにへこむ。見知らぬ土地で見知らぬ人々の中へといきなり放り込まれてストレスだって溜まるわけだし、だいぶ神経擦り減らしてると思う。それでも今、現時点でわたしにはここしか居場所がないわけで、路頭に迷うことだけは避けなければならない。

「……どこへ行く気だ」
「後片付けだけ、今やってきます」

いくらあんなことがあったとしても、頼まれ事を放り出すのはよくないわけだし、出来る限りのことはしよう、そう決めていたんだ。

「手当て、ありがとうございました」
「……」

部屋を出ようとして張遼さんにお礼を述べる、自分からどこへ行くのか聞いてきたくせにすぐに何も言わなくなった、よくわからない表情、彼の考えていることを読めるようになる日多分一生来ないと思う。



厩ではぶるる、と鼻を鳴らしながらあの子馬が寄ってくる、さっき惨劇なんてなかったかのような顔をしてまたまた遊べとでも言いたげに。

「ちょっと待ってて」

置きっぱなしだった木のバケツや雑巾を片付けて、厩の一頭一頭を仕切っていたはずの冊の残骸をまとめる。最後に片付けだけはやっておかないと。張遼さんの部屋を出てから一度司馬懿さんのところへ寄って、土下座の勢いで謝り倒してきた(あくまで勢い、土下座はしてない)板の修復は別の人がやってくれるそうだ。

お前に修復出来るとは思えんからな、と言われて若干むっとしたが全くもってその通り。厩へ来てまたわたしの周りをうろうろする子馬に、それでも司馬懿さんてデリカシーがないよね、なんて言ってみたけれど子馬はきっとわかってない。

ぶるる、と鼻を鳴らしているだけ。理解してほしいわけではない、ただ聞いてくれればそれでいいのだ、口にして溜まっていたものを少し吐き出したかった。

「デッキブラシとかあれば楽なのになあ」

言うだけタダだもん、それですっきりすれば儲けもの、散らばった破片や木片を拾いきって隅に寄せておく。

よし、と子馬に向き直れば早くも子馬はフンフン鼻を鳴らしながら前足も踏み鳴らしてる、こいつの元気さは底無し。そんな無邪気さが今のわたしにはとてもありがたかった、何だか元気を分けてもらえているような気がするから。わたしの周囲をぴょこぴょこ楽しげに跳ね回る、見ていて自然と笑みが零れた、微笑ましいなあ。

「……ってあれ?ちょっとお前どこに!」

一際高く跳ねた後、回れ右をするなり子馬が厩から出ていこうとする、慌てて止めようとはしてみるもののその機敏さに追い付けるはずもなく子馬の姿はすぐに見えなくなった。問題発生、これまたやばいことになった、また司馬懿さんにどやされて張遼さんにはため息つかれて呆れられちゃう。子馬を追い掛けるために急いで厩を出ていくと、見覚えのある尻尾、子馬の尻尾!っていうか尻!

「あ、あれ?」
「……」

厩を出てすぐのところに子馬は居た、驚いたことにそこには何故か渋い顔をしている張遼さんも。

無邪気なのか無鉄砲なのか、怖いもの知らずの子馬はぶるると鼻を鳴らして張遼さんにも構ってくれ構ってくれ、とアピール。どう対処したらいいのか、わたしはしばらく呆然としていた。

張遼さんほんとに何しに来たの?

20110306
20131212修正

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