暗から明へ | ナノ


「で、何が言いたいのだ張遼よ」
「僭越ながらお伺い致します、私はまだこの曹魏にての日が浅うございますが、よい機会だったのではないかと」
「ほう、そのよい機会とは?」
「なまえでございましょう、私は持ち得る武の全てをこの曹魏に捧げる所存、その決意に揺るぎはありませぬ」
「なるほど」

手を組み、頭を垂れる。

殿の御前で、私はずっと疑問に思っていたことの答えと、新たな決意をお伝えしに参上した。まずその疑問とはなまえだ。何故私の元に女官を置かせたのか、しかも未来から来たという身元不確かで全く以て奇っ怪な輩を。

そこで考え得る理由は二つ。

何人たりとも側に控えさせようとしない私を、殿は僅かにだが疑いを掛けていた。それなりの武を持っているためにいつ謀叛を起こすかもわからない。それを解消させるためには、誰かと打ち解けさせる必要がある。私が本当に忠誠を誓っているのか確かめる必要が。

そんな折に丁度なまえがやって来た、こちらも怪しい。殿の人を見抜く力は確かだ、だからなまえを見て武人でないことを見抜くと、丁度よいとばかりに私の女官に任命したのだ。

殿は恐らくこうなることを予想していた、必然的になまえを見張る形になる私と、何も知らぬ阿呆ななまえは私と打ち解けようと躍起になる。互いを雁字搦めのように共有する時間を多くさせ、自然と互いを見張る形にさせた。それらの意図に気付いた私がいつか殿の御前に出向く、と。

「結果、おぬしは魏に背くつもりはなくなまえもただのおなご、未来から来たということは未だに信じがたいことを除いてな、そう言いたいのだろう」
「は、おっしゃる通りで」

にやり、と意味深な笑みを浮かべた殿が徐に玉座から立ち上がる。

「張遼」
「は」
「おぬしは頭がいい、だが故に固い」
「と、言いますと」
「わしもそこまでは考えておらん」

つまり私の考え過ぎ、と。

確かにそう考えてもつじつまは合う、どう捉えるかはおぬしの勝手だ張遼。全て……とまではいかんが単なるわしの思い付きと行き当たりばったりよ。殿はからからと笑う。

「以前居た場所に未だ未練を残していたとしたら、わしはおぬしをこの魏に迎え入れてはいなかったはず」
「……左様で」

今、私はこの魏にては新参者である。以前まで呂布と言う武将の下、思うがままに武を振るっていた。殿のおっしゃる通り私に未練があったのならば、今私はこの場には居なかったであろう。

呂布殿の下、思うがままに振るえた武。だが未練などない、私が探し求めているのは暴ともなりうる野蛮な武ではないのだから。呂布殿は確かに強い、最強であり孤高なる存在ではあった、だが彼のそれは己の利己的我欲を満たすためだけにあるもの。

「ほう、ならばおぬしが求める武とは一体何なのだ?」
「未だ答えに辿り着けてはおりませぬ、ですがこの魏にてならば私の求める武、見付けられるやも」
「そうか、一寸でもおぬしを疑ったこと……赦せ」
「……畏れ多きお言葉」

曹魏の旗の下、なんの確証もないがここならばと思えたのは確かだった。

「して、張遼」
「は」
「おぬしもなまえも疑いは晴れた、どうだここらでなまえをわしに譲ってみる気はないか?」
「……は?」
「相当邪険に扱っていたと夏侯惇がな、見ていられんどうにかしろとうるさいのだ」

おぬしがなまえをいらぬとするのであれば、わしが喜んで引き取るが?

殿の言葉に、一瞬何を言われたのかわからず素っ頓狂な声を上げてしまった。邪険にしたのは確かだ、己にも非はあるかもしれない。だが何故かそれに対して言い知れぬ怒りと焦燥が込み上げてくる。

不平不満を漏らしたなまえにか?それを殿に告げた夏侯惇殿にか?それとも今の殿の言葉にか?己の行いに対する後悔からか?

(……あれは私の女官だ)

ようやく面白いものを見付けたことに気付いたのだ、今更手放すことには些かの躊躇いを覚える。

「お言葉ですが、あれのことは私に課せられた命として受け取った所存、与えられた命を今更投げ出すのは武人としての名折れ」
「ふむ」
「最後まできっちりと面倒を見させて頂きたい」
「そこまで言うのであれば仕方あるまい、少しばかり残念だがな」

再びにやりと笑う殿、事の次第をあたかも始めから全てわかっていたのではないかと思えてしまうほど。

この方は本当に……。

「孟徳ううう!」
「げ」

凄い方なのだろうなと思いかけた直後、部屋の扉を破壊しかねない勢いで蹴り開け(蹴り……?)突撃してきたのは夏侯惇殿。夏侯惇殿の姿を見受けるなり、殿は嫌そうな表情を全面な押し出している。ああ、このくだりは。

「なんだ夏侯惇、何用だ」
「何用だ、じゃないわ!自分の書簡をさりげなく俺達のものに紛れ込ませているだろう!」
「……言ってる意味がわからんな」
「嘘を付け!今の妙な間はなんだ!」
「わしは知らん、何も知らーん」

また何かに付けて執務を怠っておられたようだ、カンカンになっている夏侯惇殿を軽やかにひらりひらりとかわしながら部屋を後に。私など気にする間もなく夏侯惇殿がすぐさま後を置い、ぽつり部屋に取り残された私も自室へと戻るために踵を返す。今頃落ち着きなくそわそわしているのだろうな、あいつは。


20100918
20131212修正

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