暗から明へ | ナノ


着替えは済ませた。泥だらけになってもいいような服に、手には特別装備の雑巾数枚と木バケツ、それと熊手と馬用の櫛(ブラシ?)

そう、今からレッツ厩掃除。

「すごくやりたくないんだけどね」

理不尽な八つ当たりとして、何故かイライラ度合いがマックスだったらしい司馬懿さんにいつぞやの如く、厩の清掃を命じられました。またかよもう!もちろん一人で、しかも今回は掃除だけじゃなくて馬の毛並みも整えてこいとまで言われたのだ。やったことないのに!抗議しても自分でやって覚えろ馬鹿めが!とモンスター上司。

渋々返事をして、いざ厩へ。

やりたくない理由はめんどくさいとかそういうものじゃない、あいつがいるからだ、大半の馬は全く以て何ら問題はない。問題なのは例の……あの時の噛み付いてきやがった性悪な馬、絶対に掃除の邪魔をしてくるだろうし、ブラシ掛けもただでやらせてくれるはずがないと予想される。

きっと今度は後ろ脚で蹴り飛ばされる、司馬懿さんはわたしが馬に蹴られて死ぬことをご所望なのか!

「もしそうなら馬よりも性悪じゃないか!」

バァン!と八つ当たり気味に木扉を開け厩の中に入ると、暇そうにしていた馬達が一斉にこちらを一瞥して、ぶるぶると首を振る。そういえば、この前誰かが一頭子馬が生まれたと言っていた、きっとそれだと思われる子馬が見えた。

他の馬に比べてまだ随分と小さく可愛らしい、目に見える全てが珍しいのだろう、わたしを見て「何あれ何あれ!」と興味津々で見つめてくる。

「はいはい、ただのお掃除ですからねー」

一番奥を陣取っているあの性悪馬は、見たところ眠っているらしい。しかし油断は禁物だ、眠っているように見せ掛けてがぶり!なんてのを体験した前回だから不用意には近付かないようにしようと心掛ける、その間も子馬がしきりに遊んでくれとでも言うように、前脚を踏み鳴らす。

「じゃあ君からブラッシングしよっか」

あまりの人懐っこさにちょっぴりにやけながら、ブラシを掛けると気持ちがいいらしくすんなりおとなしくなった。全身をくまなく梳き終えると、もっと!と子馬はつぶらな瞳を向けてくる。

「ほらわたし遊びに来たわけじゃないからね」

馬と馬を仕切る冊を潜り、伝わったかどうかはわからないが掃除が早く終わったら遊んであげるから、と言ってみた。

また前脚を踏み鳴らすから恐らく伝わってないのだろう、構ってあげたいのは山々だが一応仕事でここにいるわけだし。可哀相だがここは心を鬼にして子馬に背を向け、せっせと熊手を使い干し草をかき集める。子馬の居る場所から離れ一カ所に干し草を集めたところで、つんつんとお尻を突かれた。

「え、あれ?なんで子馬……」

ぶるぶると嬉しそうに鼻を鳴らす子馬。どうやって冊から出てきたんだと、子馬が居たはずの場所を見てみれば無惨なことになった冊の残骸。どうやらぶち破ってきたらしい。

「何してくれてんのおおお!?」

冊を壊したのは子馬だけど怒られるのわたしなんだからね!怒ってみても子馬は嬉しそうに周りをうろうろするばかり、何を言っても無駄のようだ。この様子だと将来とんでもない暴れ馬……じゃじゃ馬になりそう。この際仕方がないので、子馬を好きにうろうろさせたまま掃除を続行、通路を片しながら馬、一頭一頭にブラシ掛けていく。

「よしよし、あと残りは」

一番行きたくない一区画、あの性悪馬。

たぬき寝入り(馬のくせに)は通じないとわかったのか既に準備万端、臨戦態勢の如く、カカッと蹄を鳴らして威嚇。この領域に一歩でも入ってみやがれ貴様、馬の視線は見下しモード全開、じりじりとにじり寄ってみるものの迂闊には近付けない。

子馬と違って成長した馬、あんな巨体に踏み付けられでも突進でもされてみろ、とても痛いことになるのは火を見るより明らかだ。最悪死ぬ。

さすがの子馬もこの性悪馬は怖いらしく、いつの間にか離れた場所からこちらを見ている、ずるいじゃないの子馬ァ!一進一退を繰り返しながらどうしようかと悩んでいた最中、バキバキと冊が嫌な音を立てる。性悪馬の方もいい加減痺れを切らしたらしい。

「え、ちょっと待ってお前もそうやって冊をぶち破るわけですか、そうですか」

そしてがぶり。

「ってあああ!いだだだ!」

悪夢再来。

性悪馬は冊を破ると何の躊躇いもなくわたしの頭に噛み付いた、すごいごりごり言ってる!すごい痛い!ぎゃああ、まじで死ぬやばいぎゃああ!今回も体よく夏侯淵さんが助けに、と期待してみたが厩の周りに人の気配は皆無。さすがにやばいぞ。馬に噛まれてご臨終はさすがにいやだ、果てしなくいやだ。

「ちょ、こら……」

そこへ何が何だかわからない、といった様子の声色の張遼さん。子馬に背中を押されながら厩に入ってきた。でかした子馬!もう誰でもいいから、とにかく助けて!

「……」
「いや、うわあ……じゃなくて助けて下さい張遼さ……いだだだだ!」

何やってるんだこいつ、みたいな視線を投げ掛けられました。わたしなんもしてないんですよ、別にちょっかい掛けたとかなんかしてませんからね!あくまでわたしの身の潔白さを主張しながら助けを求める、でかした!とは言ったものの大分人選ミスチョイスだよ子馬。ああもう、とにかく一刻も早くこの性悪馬どうにかしてえええ!

「落ち着け、どうしたのだ」

やれやれなんてわざわざ口に出しながら張遼さんは馬をたしなめ、背を撫でる。

途端に性悪馬がぶるり、と首を振り噛み付いていたものを急に離すものだから、わたしは投げ出される形で地べたに転がった。子馬が心配そうに覗き込んできた時には不覚にも目頭が熱くなるってものよ!

お前だけだよそんな優しいやつは……!後で厨房からニンジンいっぱいもらってきたげるからねっ。埃と干し草まみれの服を払い、立ち上がって子馬に自分のスペースへと戻るようにと冊の壊れた一区画を指差す。

「ありがとね、ほらわたしはいいからお前は自分の場所に戻った戻った」

今度はすんなりと言うことを聞いて大人しく戻っていく、すぐに張遼さんと性悪馬に向き直りぺこり、と頭を下げる。

「……お手数お掛けしました」

性悪馬が張遼さんの言うことを聞いてわたしの頭を噛むのをやめた、ということはつまり性悪馬は張遼さんの馬なのだ。よく言うじゃない、ペットは飼い主に似るって(馬ってペットと言えるのかな?)

実際わたしが何かしたわけじゃないし、仕掛けてきたのもあの馬からなのだけれども、今はそれを詳しく説明している暇はない。じたばたしてたために掃除はやり直し、尚且つ馬が冊を壊したのだ、気休め程度に直さなきゃならないから、いちいちわたしは悪くないなんて説明していては、終わるものも終わらない。

どうせ説明しても張遼さんの厭味が飛んでくるだけで、掃除が遅いのと、冊を壊したということで司馬懿さんにも怒られる羽目になる。加えて馬に噛まれた頭が疼くように痛むから、今日はちょっと早く休みたい。

「怖がらせたのかもしれません、すみませんが掃除と毛並み整え終わるまででいいので落ち着かせてあげて下さい、すぐに片付けますから」

頭を下げたまま一呼吸でそれだけ言い切り、張遼さんの返事を待たず顔を上げすぐに性悪馬にブラシを掛け、踵を返して干し草をかき集める。前回の比じゃなかった、今回の噛み付き方は異常だ。

まるでリアルコント、馬に噛まれたのを見ている側は面白いだろうが、実際噛まれる側はたまったもんじゃない。ずきずきと鈍い痛みに耐えながら冊を元に戻し(と、いっても外れたものを立てかけるだけ)手近にあったロープで固定した。

これであらかた片付いた、後は早く司馬懿さんに報告して冊のことを謝りに行くだけ。ああ憂鬱、きっとヒステリー起こすだろうな。

「……おい」
「!?」

ふ、と手元が陰り背後から張遼さんの声がした、振り向けばいつの間にか近くに立っている。

驚いた。

鋭い視線が注がれひどく居心地が悪い、何か用なのだろうか、珍しく向こうから声を掛けたくせにそれから口を閉ざしてしまうからさすがにイライラする。つい刺々しく何ですか、と言ってしまったけれど、わたしは一刻も早く司馬懿さんに報告をして謝りに行かなければならない。

頭も痛いし、これからその痛さに加えて司馬懿さんのヒステリックなお説教をも耐えねばならないのだから、イライラしても致し方ないよね。つつ、とこめかみに汗が流れて頬を伝って首筋に流れる、そこへ張遼さんの手が延びてきて袖口をそっと宛てがわれた。

「っ!?」
「すまぬ」

息を呑んだ。

何をするかと思いきや、予想だにしない行動もだが、張遼さんの口から出た言葉にも心底驚く、一瞬何を言われているのか理解が追いつかなかった。

(そして緩やかなる静寂が訪れる)


20100717
20131212修正

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