おいしいお茶とお饅頭、なんの因果かそれらをもってして始まったのは、地獄の鬼も裸足で逃げ出すようなひどく恐ろしいお茶会だ。
何が恐ろしいかというと、張遼さんの表情が無さすぎて一見菩薩かと見紛うが、騙されてはいけない。無ほど怖い表情はないのだ、わたし自身、今まさにその恐怖を絶賛体感中である。
「……」
「……」
お茶会などとは名ばかりである種、拷問。
わたしも部屋主である張遼さんもふさぎ込んでいるわけではなく、黙々と茶を啜り、饅頭を口に運ぶ。果てしなくまるで膠着状態のような無言が続き、気まずいこの上ないと思っている。視線をふらふらさ迷わせてみて全然落ち着かない、張遼さん自身は何食わぬ顔で茶を啜り、好物の饅頭を涼しい顔で頬張っている。
「張遼さん、おいしいですか?」
「まずかったら口にせぬ」
「ですよねー」
どうにか会話を持たせようとあれやこれやと言葉を投げかけてみるも、華麗にスルーされるのが大半、すぐに無言の気まずい空間が作り上げられる。半ばさっさと帰れ、とあからさまなオーラが滲み出ているがあえて気付かないふり。
負けじと張遼さんの顔を見つめてみるが、目が合った瞬間に素晴らしいまでの嫌悪丸出しの顔をされる、もはや灰化したいくらいだ。
「張遼殿、おられるか」
「あぁ」
「失礼致す」
そんな中、部屋の扉が叩かれ入ってきたのは精悍だが人の良さそうな人。徐晃さんだ。(3日くらい前に初めて会って挨拶を交わしたぶりである)手には湯のみ、どうやら彼もこのわたしにとって地獄のお茶会に参加すべくやってきたらしい。
「こんにちは、徐晃さん」
「こんにちは、こうしてなまえ殿と話すのは初めてでござるな」
「ですね」
にこにこしながら徐晃は適当に腰掛ける、廊下ですれ違うことは何度もあったが、落ち着いて話すのはこれが初めて。張遼さんがこれぞ好機とばかりにわたしを下がらせようと視線を扉にやるが、徐晃さんがそれを制した。
「まあまあ張遼殿」
「……徐晃殿は一体何用で」
「料理長殿に勧められたのでござるよ、張遼殿となまえ殿が楽しく茶会の真っ最中だからまざってきたらどうか、と」
(いやいや全然全く楽しかないんだけど……まさに地獄絵図だよ)
わたしに視線を寄越しながら徐晃さんの楽しく、という単語に張遼さんが頬を引き攣らせたのをばっちりと見てしまい、咄嗟に仏の顔も3度までという諺が頭に浮かんだ。
例えるなら3つあるうちの仏の顔は、張遼さんの中でたった今、ひとつ消えたに違いない。もし全部消えたら、なんてそんな事態を想像しかけてすぐにやめた、恐すぎて。
「張遼殿、そんなになまえ殿を邪険にせずとも」
「実際邪魔であるから致し方ないと思いますぞ」
(あぁもうはっきり言われましたよ邪魔ってはっきり……)
談笑している二人の間で縮こまる、類を見ないほどの居心地の悪さにため息すらも出てこない。武やら何やら武人たる者という議題を熱心に話し込む二人、たまに徐晃さんが気にかけてくれるのだが残念感が否めない。
というのもしきりにわたしを煙たがる張遼さん本人に、最近なまえ殿も頑張っているようだと聞き及んでおります!とか働き者でござるな、なんて反応に困るようなことを言うものだから、そのしわ寄せがこっちにくる。
徐晃さん自身が善意の塊だということは、人づてに噂を聞いているし、重々承知している。
よかれと思って張遼さんを窘めてくれるけれど、その言動がわたしの首を余計に絞めているなんて微塵も気付いちゃいない。この様子だと目に見えてイライラし始めた張遼さんにも気付いてはいないのだろう。
小さな親切、大きなお世話とはまさにこのこと、残念過ぎる。
「邪魔などとそんな意地悪をなさるとなまえ殿に嫌われてしまわれますぞ」
(やめてー!徐晃さん頼むからやめてえええ!)
「ましてや好かれようなどと思ったことは微塵もありませんな」
「またまた張遼殿は冗談を」
(徐晃さんんん!)
今度こそはっきりとこめかみに青筋を湛え、張遼さんの持つ湯のみがみしり、と嫌な音を立てた。
だめだ、これ以上はだめだ本気でやばい。次々と爆弾発言をかまし、地雷原をワンツーステップで駆け抜ける徐晃さんを放っては置けない。張遼さんが核爆並の怒りを爆発させる前に、と無駄に明るい声を絞り出す。
「そうだそうでした、わたし張遼さんと徐晃さんに質問があったんですよ!すっかり忘れてました!あは、あははは!」
わざとらしいとかそんなものを気にしている余裕もなかったし、質問なんか元からありはしなかったのだが、このまま放っておけば地獄を見ることはまず間違いない。
料理長さんもまたとんでもないトラブルメーカーを寄越したものだ、引き攣りそうになるのを堪えながら、笑顔で質問を待つ徐晃さんを見て、そう思わずにはいられなかった。
「で、質問とは?3文字以内で願えますかな?」
「張遼殿、それはいくらなんでも」
「えぇとですねー!」
徐晃さんの言葉を遮り声を張り上げる、張遼さんが顔をしかめたが今更だ、特に気にしないこととする。
「えぇとですね」
やはり無理があった。
質問とは言ったが大したものが全く浮かばない、好きな食べ物、趣味云々。徐晃さんならば何であろうと嫌な顔ひとつせず、気前よく答えてくれよう。しかし張遼さんはどうだ、他人と必要以上の接触及びプライバシーに関わることを聞かれるのを極端に嫌がる人だ。
そう簡単に答えてはくれまい。それにさっきまで武について語っていたのだから、二人にとっての武とは何かと聞くのは気が引ける。
「さっさと言ったらどうだ」
「まあ張遼殿、そんな急かさずとも」
ただでさえイライラしている張遼さん、これ以上イライラさせようものならば徐晃さん共々強制退室、部屋から追い出される。
(あ、そうだ!)
悩みに悩んでひとつ、ぱっと閃いた。
己にとって武とは、また武の本質とは、極めるとは何なのか。そんな話を延々としているから武そのものについては何と無く素人のわたしでも理解出来た。しかしそれがもたらす自分への影響はどうのか、武イコール自分の強さであるからその強さを示していいことでもあるのだろうか。
尊敬と畏怖、徐晃さんは人柄の良さから、部下の兵士達にもとても慕われているようだったし、逆に張遼さんは仲間内からも畏れられているのが端から見てよくわかった。
「二人が言う武を示す理由ってなんですか?」
「示す、理由?」
「武を振るう意味、ということでござろうか?」
「武を掲げるというか、そんな感じです」
例えその振るう力を武と括らずとも単なる力として表現してもいいのではないか、全て引っくるめて言えば何故戦うのか。その主旨を伝えれば張遼さんが珍しく反発せずにふむ……と考え込む仕草を見せた。国のため、殿である曹操の命だからとかそういうことでなく、あくまで自分を主観とした理由。
「簡単に言ってしまえば、自分が一番強いのでこざる!と誇示したいのもひとつの理由にござろう」
「ガキ大将的なあれですか」
「まあ、それも多少はありますな」
「しかし最終的にはやはりどうしても国や民のため、といった答えに行き着いてしまうのでござるよ」
「我ら武人は戦うことでしか生きる術を見出だせんのでな」
尋ねてみたはいいが、弾き出されたその答えがどうも腑に落ちないというか、わかりかねる。
戦のない平和な現代を生きてきた自分にとって、国のために自らを犠牲にするなど昔の古い考え方だと思っていたし(実際今居るこの場所がその昔だから何とも言い難いが)力を誇示するのには抵抗がある。
男や武人とはそういう生き物なのだと、うまく丸め込まれて徐晃さん共々部屋から強制退室。結局、追い出された。その後は徐晃さんと別れ、運の悪いことに機嫌の悪いらしい司馬懿さんに八つ当たりされては何故か厩の清掃を命じられる。
うなだれながらとぼとぼとひとり厩へと足を向けるほかなかった。
(もがいて抗えど斯くも悲しき無情な世相よ)
20100623
20131212修正
← / →