料理長さんに用意してもらった饅頭とお茶、それぞれがふたつずつ、盆の上で寄り添うように並んでいる。
お昼ちょっと前の小腹が空きそうなこの時間帯(現代の日本時間で言うなれば、おおよそ午前11時過ぎかな!)私は張遼さんの部屋の手前の手前辺りで立ち往生。
そうなんです入りづらいんです!
どうして手前の手前辺りにいるのかというと、部屋の真ん前では気配でバレるので、心の準備が万端でないのに中から、何をしているんだと言われるからね。しかしこれだけ離れていればバレまいよ!
と思う存分深呼吸をする。
精神統一を心掛けながら……よーし落ち着いてきたよ、おっけーおっけー大丈夫いけるいける、がんばれわたし、この世で一番怖いものは酢豚に入ったパイナップルだけなんだから!
はい、なまえ行ってき
「何をしてる」
「ますわあぁぁ!?」
突如背後からお出ましの張遼さんに、危うく手元の盆をひっくり返しそうになる、けれどもそこは固守。お茶を運ぶカラクリ人形の如く、ギギギと首だけ背後へと向ければ不機嫌ともとれるような怪訝な表情の張遼さんが居た。
部屋の手前の手前辺りで様子を伺う作戦は見事に失敗、まさか部屋には居なくて背後から現れようなどと誰が予想できようか。
いや、できまい!
「聞こえませんでしたかな?」
苛立ったようにもう一度問われ、言葉を返そうにも、ばくばくと跳びはねた鼓動が煩い。まずは落ち着かなきゃ、こんなどっきり今までに何度もあったでしょ。自分自身に喝を入れるが効果は皆無、何度同じ目にあっても未だに慣れない。慣れることこそないものの、次に飛び出す張遼さんの台詞は大体予想済み。
ふたつずつあるお茶とお茶菓子を見た後、変な顔をしてこれは何かと聞く、それで有り得ませんなとか言う、間違いなく絶対言う。
「……これは何だ」
ほらー。
「料理長さんに頂きました」
「……で?」
「えぇと」
「ふたつずつ、ということは」
「ご、ご一緒に?なーんて」
「有り得ませんな」
ほらぁぁあ!
もうだめまたわたし泣きそう、涙腺がスタンバイOKでーすとか言ってる気がするもん、よくねーよ全然OKじゃねーよ。あらかじめ覚悟してその言葉を受け止めてみたけれど、なかなか重たいぞ。
辛辣過ぎて思わず、せっかく持ってきたわたしの茶が飲めねーたぁどういう了見だコラァァア!なんて逆ギレしたいところだからね、後に張遼さんのレスポンスが怖いからしないけどね!
でも、そんな張遼さんだけどわたしは彼がとてもお茶を飲みたいと思っていることはちゃっかり知っているのだ。
正確にはお茶でなく、目当てはこの饅頭。料理長さんの言ってた秘策だ。
さっきからチラチラと見ていて、珍しく何かの狭間で心が揺れている様子が手に取るようにわかる。だって料理長さんが張遼さんの大好物をわざわざチョイスしたんだもん、お茶を断られないようにって。
そしてここで最後にもう一手。
「えと、わたしはお饅頭いらなくて」
「……」
「お茶だけでいいので」
「……で?」
「えぇと、張遼さんお饅頭だけでもいかがですか?」
「……」
うわ、すごい迷ってる。
饅頭食べたいでも……いや食べたいしかし。端から見てると何かの狭間ですごい葛藤と戦いながら揺れている、そんなにわたしとお茶したくないんですかそうですか。非常に傷付きます。
結局、何度か饅頭とわたしを交互に見た後、誘惑に負けたらしい張遼さんは小さな声で、食べると言い、部屋へと足を向けた。なんとなく張遼さんに勝った気分になったが、その代償とでも言えようか。心は相も変わらずずたぼろです。
すたすたと先を行く張遼さんを追って、わたしも部屋へと向かった。
20100531
20131212修正
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