暗から明へ | ナノ


寝起きすっきり今日もお勤め頑張るぞ!

「貴様死してその愚行を償うがいい!」
「うわぁごめんなさいぃぃ!っていうかわたしのせいじゃないのにぃぃい!」

晴天快晴、清々しい今日というこの日。気合い入れて仕事に取り掛かったところで最悪は向こうからやってきた。またやらかしました、っていうか今回はわたしが悪いわけじゃないというのに、あの人はとにかく難癖つけたがる。

「誰が貴様なんぞに熱を上げるものか!そんな物好きいがいたら顔を拝んでみたいわ!」
「物好きってひど……ぎゃあ!」

頬の横スレスレをあの紫色をした殺人光線が通過、昨日の中華鍋事件のこともあり無意識に頬を庇いながらひたすら逃げる。張遼さんの決してお茶目とは言い難い悪戯……否、嫌がらせの件(例の背中に張っ付けられたあの紙だ)のことが、司馬懿さんにバレました。

理由は不明……ですが、わたしは絶対にこれは張遼さんの仕業だと思えて仕方がありません。だって昨日の時点で司馬懿さんにバレないように、と細かくちぎって捨てたんだもん。

同じ物を握り締めながら、わたしを猛追してくる司馬懿さんがいるなんておかしいじゃないか。経過はどうであれ、恐らく何らかの形で張遼さんは同じ物を二枚用意していて、一枚をわたし、もう一枚を司馬懿さんの部屋に張り付けるなどしたのだ。

司馬懿さんは面白いほどに激昂していて、わたしの言うことはもちろん、文官らしき人が怖ず怖ずと声を掛けたことに対して「煩い黙れ後にしろ馬鹿め!」と、全てあしらっている。

チャレンジャー文官さん、もはや涙目。

「土に還してくれる貴様止まれ!」
「まだ還りたくないから嫌です!」

果てのない追いかけっこ、わたしが捕まるのでも司馬懿さんがダウンするでもなく、終焉は意外な形でやってくる。

前方に見えたのは確か曹操さんの息子さんである曹丕さんの後ろ姿、この喧騒のせいか、はたまたそういう顔付きなのか振り向いた顔は眉間にシワが寄せられていた。

「おい仲達、次の戦は兵を」
「後にしろ馬鹿めが!」
「……」

わたしは通り過ぎ様に曹丕さんへと会釈、曹丕さんは片手を上げすぐに司馬懿さんへと話し掛けるのだが、我を忘れている司馬懿さんはきっと誰に向かって言っているのかもわかっていないのだろう。

一瞬だけ見えた曹丕さんの顔が引き攣ったのを確認してしまい、わたしが悪いわけじゃないのになんだか謝りたい気分になった。

するとごづっ、と鈍く痛そうな音が背後から聞こえ、振り向くとあんなにしつこかった司馬懿さんの姿は忽然と消えていて、曹丕さんにしょっぴかれたんだろうなあ……と納得。

可哀相に、でも一番可哀相なのは意味もなく暴言吐かれた文官さん達と曹丕さん、それとわたしかな。何はともあれ助かった。自業自得ですけどご愁傷様、司馬懿さん。

南無南無。



「あ、おは、おはようございます、張遼さん」
「……あぁ」

さてさて、司馬懿さんも撒けたことだし早速お仕事しに参りましょうかと切り替えたところで張遼さんとばったり。

ばったり具合がほんと急なばったりだったので(あれ?何言ってんだわたし)驚いて噛みかけたが、張遼さんはわたしが何をしよう……もといやらかそうが突っ込む、ということを一切しない。

それについては、単に突っ込むというスキルがないのだ、とわたしは勝手に思い込むことにしている。きっとボケ担当なんだ。

でなければわたしはまるでウケないドン滑りの芸人だ、いや芸人じゃなくて単なる女子高生だけれども。こんな時こそ夏侯惇さんが居れば鋭い突っ込みが絶妙なタイミングで飛んで……じゃなくて、今はそんなことどうでもいい。

短く返事をした張遼さんはぷい、と顔を背ける。この扱いにももう大分慣れてきたので、構わず今日の分の書簡や雑務はあるか尋ねようと口を開きかける。それと念のために自分に言い聞かせておこう。慣れただけであって、自分が被虐的趣向には決して目覚めていない、と。

「あの」
「こんなところでぐうたらしている暇があるならさっさと書簡を愛する司馬懿殿の元へ運んだらいかがか」

しかしこの場合目覚めた方が得策なんじゃないかと天の御声か悪魔の囁きか、どちらにせよお断りだ。

「わたしは司馬懿さんに必要以上の感情を抱いたことなんか毛ほどももないので、大丈夫です」
「何が大丈夫なのかわかりかねる」
「張遼さんが変なこと言……はい、すみません即行で行って参ります!」

ごちゃごちゃ煩いと目からビームでも出そうな勢いで睨まれた、といっても一見無に近い表情だからそうでもないように見えるが、ナメちゃあいけない。

い、威圧がはんぱないんだ!わたし、ちょっぴりがさつだとしても女の子なんだけどな、そんな顔で睨まれちゃったら一瞬で四の五の言えなくなっちゃうかな、平謝り付きで!

それから猛ダッシュで張遼さんの部屋へと書簡を取りに行き、司馬懿さんの部屋まで運ぶのにも猛ダッシュ。

途中、夏侯淵さんと張コウさんが居て、頑張れよーだとか、もっと優雅に!だとか言ってくれました。頑張ることには頑張りますけど、優雅に……はちょっとむりですね!

司馬懿さんの部屋は誰もおらず(多分司馬懿さんはまだ曹丕さんのお怒りを買ったままでいるんだろうな)書簡を適当に机に置いた。長居は無用なので、さっさと退散。去り際に司馬懿さんの机にひと蹴り入れたのは絶対に内緒。

その帰りに厨房の近くを通ったので、この前の肉まんのお礼をしようと、料理長さんに会いに行くことにした。昼食と夕食の仕込みなのか何かを煮込んでいる鍋、料理長さんが厨房に来たわたしに気付いて片手をひらひらと泳がせる。

「こんにちは」
「よう、元気か」
「何とかやってます、昨日は肉まんを」

ごちそうさまでした、と続けようとしたところで彼がしいぃ!と人差し指を口の前に持ってくる。

あれ、なんかやばい?

もしかしてあの肉まん、やっぱりわたしのじゃあなかったとか言うオチ?料理長さんは近くにわたし達以外誰も居ないかを確認してから、声を潜めて切り出した。

「うまかったか?」
「はい、すっごく!」
「ほんならよかったわ、あれな、ほんとは司馬懿様のやつや」
「……はい?」
「日頃からよういちゃもん付けるからなあ、仕返しと思て一個くすねてやった」

で、わたしにくれたんですね。

料理長さんとんでもないカミングアウトありがとう、司馬懿さんにばれたら……んーん、厭味三昧以外のこと思い付かないからあえて何も聞かなかったことにしよう。

心なしかちょっと生き生きした料理長さんがいたとか、きっと気のせい。肉まん?わたし何も知らないよ!そう、知らない!

こっちから言わなきゃばれないことらしいから、お互いに内緒!と約束をした。ばれなきゃいいけどなあ。肉まんの話は出来る限りスルーしつつ、別の話題にすり替えようと、何を話そうか思案していたところで料理長さんの視線が頬に注がれている。

「えらいことになってもうて……悪かったなあ」
「ん?あぁ、大丈夫ですよこれくらい」

料理長さんは頬をかきながら申し訳なさそうにしてる、結構気にするタイプなんだ。そりゃあ青とも紫ともつかないような痛々しい痣が目立つところ、しかも顔にあれば誰だって気にはする。

「まあ詫びっちゅうのもおかしいかもしらんけど、張遼様ンとこにお茶持ってったらどや?なまえの分のお茶も用意したるから一緒お茶したらええわ」
「お、お茶ですかあ!?」

お茶も飲めて、張遼様とも仲良うなれるな!とあたかも名案だね、みたいな感じに言うけれど料理長さんストップ、ちょっとストップ。

あからさまにわたしを邪険とする張遼さんとふたりでお茶ですか、間違いなく悲惨なお茶会になりますって。お茶です、って言ってまず張遼さんが普通に嫌な顔するでしょ?次にふたり分あるお茶見て絶対厭味言うもん。

司馬懿さんの厭味なんて目じゃないくらいの辛辣な言葉で先制攻撃仕掛けてくるもん。

「まあまあ、大丈夫やって秘策があんねん」
「秘策?」

渋るわたしにいそいそとお茶とお茶請けを用意して、背中を押す料理長さんに押し切られ断る暇もなく、結局は張遼さんのところへ行かざるをえなくなってしまった。

足取りは決して軽くない。


20100522
20131212修正

← / →

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -