暗から明へ | ナノ


「それおいしいですよね!」
「……
「ぱりぱりしててやっぱり出来立ては違いますよね!」
「……あぁ」
「ええと、張遼さんは何が一番好」
「煩い」
「……すみません」

会話が途切れ、箸の手を休めることなく張遼さんが話の腰をぽっきりと折る。鬼すらも真っ青なほど、恐ろしくドスの効いた声で。食事の器のぶつかる音だけが、蝋燭の明かりに照らされた室内に響き、時々張遼さんの嚥下する音が聞こえた。

わたしは部屋の隅で張遼さんが食事を終わらせるのを待ちぼうけ、出ていくようにと視線が訴えかけてくるのを、あえて気付かないふり。怖いけど、ものすごく怖いけどここはじっと我慢。最初こそ、さりげなく向けられていた視線だったがもはや、出ていけ帰れ消え失せよオーラが全開。

それなのに空気を読まないわたし、勇者!もちろん理由はちゃんとある。

単純に普通に、出来れば友好的に会話をしてもらえるようにするためなのだ。ええ、そうですとも諦めていなかったんですよ、実のところ。とにかく円滑な上下関係を築き上げるまで、わたしは決して諦めません負けません。

無いに等しいプライドや人格や存在自体を真っ向から否定され、もうすでに折れる心は残ってはいない。折られ尽くしたのだ、特に司馬懿さんからの精神的攻撃のおかげさまで、繊細だったガラスのハートは鋼のハートに進化。

ちょっとやそっとのことじゃあ、傷付きませんよって。

「……はっきり申さねばわかりませんかな?」
「何をです?」

あくまでも丁寧な口調だが、声はひどく冷たく攻撃的。おお、こわ。しかしここで怯むわたしではない。

「天然も度が過ぎたらば、ただの阿呆ですぞ」
「あくまでわたしは素ですけど、何か?」
「ああ、いや阿呆ではないな、救いようのない馬鹿であったようだ」
「ええ、自覚してます」
「女子として終わった女子ですな」

くっ……!なかなか手強いぞ、馬鹿め凡愚め散るがいい、を連呼する司馬懿さんよりも言うことが容赦ない。

だがしかしこれでも大分進歩はした方である、最初こそ話どころか目も合わせてくれない、そこには何もいないものとしてしか認識されていなかったが、今ではこうして会話はしてもらえてる。ほとんど厭味と罵倒だけど、無視されるよりはまだマシな方だ。

「知ってますか?張遼さん」
「知りませんな」
「まだ何も言ってませんて!」

聞きたくない、あえて言わなくともはっきりと言葉の意図がわかってしまうことほど、やる瀬ないものはない。

今からすごく(わたしとしては)いいことを言おうとしているのに、張遼さんは迷惑そうに口をへの字にしてみたり、大袈裟に視線を外してみたり。

「食事というものはですね、楽しく会話を弾ませながらすると更においしく食べられて、消化にもいいんですよ!」
「ほう……ならばこの食事が今日に限ってまるでおいしく感じぬ、ということは消化に悪影響が出てしまいますな」
「んな!わ、わたしとの会話楽しくないですか!?」
「いや」
「じゃあ」
「楽しい楽しくない以前に、とても不快だ」
「ひどい!」

全てを平らげ箸の置き際に放たれた一言は強烈だった、心の傷口に塩というよりも辛味塗られた気分。いくら心がガラスから鋼にパワーアップしたといえど、やっぱり限界はあるものだ。

「もう食事は終えた、さっさと退出されよ」

わたしに対してははっきり言わなければ聞かないと判断したのか、張遼さんは遠回しに言葉を出すのをやめ、お膳をわたしに押し付け、更に追い出すように背中を押す。

むだだとは思ったがささやかな抵抗として足に力を入れて踏ん張ってみたが、いつぞやのようにまた首根っこを掴まれ宙ぶらりん。そのまま部屋からつまみ出され、無情にも背後で扉の閉まる音がいやに耳についた。

ぽつんと廊下に佇んでいると、通りすがりの人々がやはり訝しげな視線を向けてくるので、深々とため息をひとつ落としてとぼとぼと厨房へと向かった。もっと余計に嫌われたとか、邪険にされたような気がする。

期待なんて持つだけむだだとは思う、ちら、と張遼さんの部屋の扉を振り返ってみたが、相変わらず固く閉ざされたままの扉がそこにあるだけだった。

「はあぁぁ……」

厨房の火の気はとうに失せ、料理長さんはもう居ない。流し台でひとり寂しく食器を洗いながらもとの棚へと仕舞う。薄暗い厨房で足元に注意しながら、最後にお膳を仕舞ったところでぽつん、と何かが置いてあることに気が付いた。

皿の上に乗った肉まんらしきそれの横には小さな紙きれが添えられ、達筆過ぎる字体の文字が並ぶ。辛うじで"食"という字が読み取れたのみで、あとはさっぱり。

恐らくいい風に取れば料理長さんがわたしにくれるということだろう……多分。いやそうに違いないと信じることにしたわたしは、誰も居ないのをいいことにありがたく頂戴することにした。


20100325
20131211修正

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