滝川法生、その名前は聞き覚えがありすぎる。
愕然としているメンバーのなかで、一番に我に返ったのは珍しくリンだった。

「滝川……法生?」
「そうだけど?」

少年は首を傾げたまま、言葉を失くしている一同を見上げる。
滝川の名を名乗ったこの少年は、彼らが知っている滝川とはまったく違う。
面影は少しあるようだが、高校二年生ということは十六か十七歳ほど。
背丈もリンに次いで高い彼と目の前の少年とが同一人物だとは思えない。
第一、同一人物だとしたら七人は滝川の過去に来ていることになるのだ。
そういう現象とは今まで出合ったことがない。

「あんたら、霊能者……なんだよな?」
「……そうですわ」

ようやく自分を取り戻した真砂子が頷く。
やはり雰囲気や話し方が滝川と似ている。

「じゃあ、さ。あれ視えるか」

あれ、と指差したのは窓の向こう。
指先の方向からするに、中庭の中央辺りか。
窓の外を覗き込むと、真砂子と麻衣が声を上げた。

「女の人がいる」
「ええ、長い黒髪の、薄桃色の着物を着た方ですわ。あれは……桜ですの?」
「そう、桜」

真砂子の隣で中庭を見下ろす少年―法生が頷いて、他のメンバーへと目をやる。
視線で視えるか、と問われ麻衣と真砂子を除く四人は緩く首を振った。
法生はそんな四人に何も言わず、再び中庭へと視線を戻す。

「あんなところに霊がいて大丈夫なの?」
「害はないし、それに単に見守ってるだけだから。たまに話し相手になってくれるし」
「お話もできますの?」
「ああ、うん。一応は。桜は……あの霊は滅多に視える人がいないから寂しいみたいで。視えても話ができなかったりするから」
「桜さんと仰いますの」
「桜の着物着てるから桜。名前覚えてないらしいし」

会話を交わしながらも、法生は霊から目を離さない。
すると視線に気付いたのか、霊が法生の方へ顔を上げた。
遠目でわかるほど何か言いたそうな顔をし、口を開く。

「え……?」

窓が遮っているようで、霊の声が聞こえない。
法生が窓を開けようとするが、鍵を掛けてもいないのに開かず、法生が小さく舌打ちする。
霊はもう一度口を動かして何かを伝えようとするも、次の瞬間には怯えた表情をして消えてしまった。

「桜……?」

霊がいた場所を凝視し、呆然と法生は呟く。
しかしそれも、聞こえた悲鳴で掻き消された。

「さっきのって」
「聖!!」

誰かの名前を呼んで、法生は悲鳴が聞こえた方へと走り出した。
慌てて一同も彼の後を追い掛ける。
悲鳴が聞こえた方向――階段の下の踊り場で、少年が二人蹲っていた。
彼らの前にはこの場には不似合いなほど可愛らしい金髪のフランス人形が直立している。

「人形!?」

思わず素っ頓狂な声を上げたのは誰か。
人形は新たに現れた八人には目もくれず、目の前の二人の少年に徐々に迫っていく。

「臨兵闘者皆陳烈在前!!」

咄嗟に切った麻衣の九字がフランス人形を吹っ飛ばす。
一瞬法生が驚いて麻衣を見るが、友人達の救出を優先して階段を駆け下りた。

「聖、未渡。大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「早くここから離れよう!怖いよ……」

聖と呼ばれた少年が法生の腕に縋りつく。
法生は優しく聖の頭を撫でると、立ち上がった未渡と共に聖を支えながら階段を登ってきた。
登りきったところで追い掛けてこないことを確認すると、すぐさま走り出す。

「どこ行くの!?」
「わかんねえ!とりあえず、智羽達探す!!」

一気に廊下の端から端までを駆け抜けながら、時折後ろを確認しつつ下の階へ下りる。
一同は二階にいたため、当然一階に下りることになる。
階段を下り、一階の床に足を付けた時、昇降口とは逆の方向から人が現れた。
危うくぶつかりかけた聖の腕を未渡が引き、少年との衝突を避ける。

「藤哉!!」
「法生!よかった、無事だったか」

紫が掛かった黒い瞳をした少年が法生の姿を捉えると安堵の表情を浮かべた。
続いて現れた少女と少年も嬉しそうに微笑む。

「法生!!教室にいなかったから心配したよ」
「智羽っ、どさくさに紛れて何してやがる!!」

勢いよく法生に抱き付く少女。
それを引き剥がす少年二人。
そして困ったように笑う法生。
麻衣達は目の前の光景に既視感を覚えた。
絶対にどこかで、二度くらいは見たことがある。

「無事で安心した。てか、この人達は?」
「さあ……渋谷サイキックリサーチとかいう、心霊調査する人達」
「「………胡散臭っ」」

藤哉と智羽がナル達を見上げ、顔をしかめる。
遠慮なく言い放たれた言葉と、警戒心を丸出しにする藤哉と智羽に苦笑する。
さりげなく法生を後ろに庇っているところが彼ららしい。

「何で部外者がいる?」
「あたし達は依頼されて調査に来たの。この旧校舎で変なことが起こるからって」
「旧校舎ぁ?」
「あの、ここは本校舎ですよ?」

素っ頓狂な声を上げる藤哉に、恐る恐る発言する聖。
法生と同様の答えを返され、一同は顔を見合わせた。
やはり、ここは自分達が知る場所ではないらしい。
ナル達七人と、法生達六人はいつまでも廊下にいるのは危険と考え、二階の会議室へ移動した。
椅子と長机を取り出し、ナル達と法生達は対面して座る。
腰を下ろすと早速ナルから質問を投げ掛けられた。

「ところで、君達は今何が起こっているかわかるか?」
「いや……気付いたら外が真っ暗で、なぜか時計が四時四十四分で止まってて、おまけに授業の時に鳴るはずのチャイムもさっきまで鳴ってたし」

ナルの問いに、法生は藤哉と智羽の間からすらすらと答える。
二人はあまりいい顔をしなかったが、法生が視線を向けると溜め息を吐いて自らも口を開く。

「俺達も同じだ。部活が終わって、速水と法生のところに行こうとしたらいきなりチャイムが鳴り出して、外も今みたいになった」
「あたしは部活してないけど、用事があって職員室から出た途端だったな。で、何か嫌な予感したから、二階に戻ろうとしたら藤哉と速水と鉢合わせ」
「それで、三人で戻ろうかってことになったら、携帯が鳴ったんだ。非通知だったから出なかったけど勝手に通話状態になった」
「そしたらまあ、有名な女の子の名前が聞こえてね」
「有名な女の子?」

そう麻衣が問えば、聖と未渡がビクリと体を震わせる。
明らかに怯えている様子に躊躇いながらも、三人は一言一句乱さず答えた。

「「「メリーさん」」」

その時一人教室にいた法生はやっぱり、と呟きを洩らす。
『メリーさん』とは誰もが知っている有名な怪談だ。

「メリーさん?」

しかし、誰もが知っている怪談も日本育ちではないナルやリン、ジョンには通じない。
麻衣や綾子、真砂子は嫌そうに顔を顰め、安原は眼鏡の奥の両目に好奇心を隠さずに浮かべる。
ジョンはともかく、日本人と変わらない容姿をしている二人へ法生が説明を始めた。

「メリーさんてのは、ある日、誰かから電話が掛かってきた。出てみると小さな女の子の声で、『私、メリーさん。今学校にいるの』と言って切れた。まあどこにいるかは場所によって変わるんだけど。悪戯かと思い、放っておくとまた電話が鳴る。出てみれば、今度も小さな女の子の声で、『私、メリーさん。今公園にいるの』と。当然小さな子の悪戯で片付けてしまうが、その人物はそれからも鳴る電話に出続けた。だが、考えてみると女の子が告げる場所はどんどん自分の家に近付いてきている。そしてとうとう、自分の家の前までやってきた。間を置かず鳴った電話に恐る恐る出てみると」

そこで法生は一旦言葉を途切らせ、息を吐く。
結末を知っていても怖がりらしい聖は隣の未渡の腕に抱き付いている。

「『私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』と言って切れた。そして後ろを向くと……ここで、終わり」

ふう、と息を吐いて途中で職員室から拝借してきたお茶を飲み干した。

「終わり?」
「終わり方は様々なんだよ。振り向いたらフランス人形がいました、で終わるのが一般的だな。あとは殺されたり、家の前まで来たのに通り過ぎてくとか」
「そうか……君達三人はそれに遭ったと?」

ナルの視線が法生から智羽と藤哉、速水へ移動する。
藤哉は頷いて、「追い掛けられたんだ」と言った。

「後ろにいたから、咄嗟に逃げた。当然追い掛けられて、近くの教室に逃げ込んだ」
「そしたら、そこがまた保健室でさあ」
「ま、まじで?」

何でもないように発した智羽の言葉に聖が小さく悲鳴を上げた。
未渡も顔を引き攣らせ、法生は嫌そうな顔をしている。

「保健室って……まさか、口さ」
「それ以上は言わないで!!」

その名前を言い掛けた法生の言葉を聖の叫び声が遮る。
甲高い声にナルは眉を寄せたが、法生はそれ以上言わず口を噤む。

「保健室だと何だって?」
「ん、ああ、赤いレインコート着た髪の長い口が裂けた女の人がいますよーって。別に保健室には限らないけど」

お茶の入った湯呑みを傾け、今度も智羽は軽々と言う。
彼女の言うそれが何なのか分からないナル達三人は、麻衣が説明をしたことで納得した。

「保健室を出てからは何もなかったんだけど」
「でも、聖と未渡の前にいたのは間違いなくメリーさんだったぞ?」

こくこくと首を振る聖と未渡を見、法生は長机に上に肘を立て、上向いた掌で頬杖を吐く。

「追い掛けてた俺達がいなくなったから、標的を変更したのかもね。都合良く聖と未渡がいたからかも」
「だろうな。つーかそもそも、何でこんなことになってるんだ」

藤哉の発言に対する答えはわかってはいたが誰も持っておらず、思わず一斉に溜め息を洩らした。
誰も口を開かないなか、ずず、と誰かが音を立ててお茶を飲む音と、静かに湯呑みを机に置く音だけが響く。
その静寂のなかで法生は床に下ろしていた鞄をごそごそと漁っていた。

「何やってんだ、お前」
「ああ、ちょっとな」

屈めていた身を起こし、右手首に取り出したものを嵌める。
動いた際にそれはちりんと澄んだ音を響かせる。
法生の右手首に嵌められた腕輪は、何本かの赤い紐を編んだ物で二つの鈍色の鈴が付いている。
法生が右手を動かす度に鈴はちりちりと鳴り、ナルが眉根を寄せた。
それに気付いた法生が苦笑し、右手を振ってみせる。

「これ、普段は鳴らないんだ。俺に危険が迫った時だけに鳴るらしくて」
「それは護符の力も持っているようですね」

リンが言うと、法生は驚くことなく頷いた。
霊能力があるのなら、自分がしている腕輪が護符代わりであることくらいわかるはずなのだ。
麻衣が注いでくれたお茶を一口流し込み、向かい側に座るナル達七人を順々に見回す。
どこから来たのかもわからない霊能力者の彼らは、短い時間の中で法生にとって本物と言って良い存在だ。
彼らが法生達に危害を加える様子もないし、一応信頼しても良いだろうとは思っている。
法生の視線に気付いたのか、リンが彼の方を見やると目が合った。
にこりと法生が微笑むと、リンはわずかに目を瞠った。
しかし、すぐに法生から逸らしてしまう。
あからさまに視線の逸らし方に法生はむっとして、湯呑みを置く動作が少し荒くなる。

(何で目逸らすんだよ)

少し苛立っているせいで低い声でナルへ問い掛ける。

「これからどうすんの?」
「とりあえず、じっとしていても仕方がない。何か手掛かりがあるかもしれないし、校舎を回ろう」

そう言って、ナルが立ち上がれば慌てて他のメンバーもナルに続く。
法生達も怯える聖を納得させ、さっさと会議室から出ていったナル達を追い掛けた。
法生は先を歩く、しかし一番後ろにいるリンへ走り寄ると、彼の上着の袖を引っ張った。
どうかしましたか、と目で問うてくるリンを無視して前方へ視線を固定する。
掴んだ袖は放すことなく、リンも振りほどこうとはしない。
二人の後ろでは智羽と藤哉が騒ぎ出すのを必死で他の三人が抑えていて、すぐ前にいる綾子や真砂子は気付く様子もない。
法生自身もなぜ掴んだのかはわからないが、なんとなく離れたくない気がしたのだ。
リンはリンで、法生が恋人の過去ではとわかっているので複雑なのだが。

「真砂子?」

訝しげな声に前方を見ると、真砂子が棒のように硬直していた。
かと思えば、唐突に後ろを振り返り、法生達を過ぎて廊下の奥を凝視する。

「……来ますわ」

何が、と問おうとした法生の言葉は喉元で止まる。
ぞっと、背筋を氷塊が落ちたような感覚がした。
この感覚には覚えがある。
これは、関わってはいけないものだ。
すぐに逃げるべきもの。
硬い動作で恐る恐る振り返る。
“それ”は、廊下の奥から現れた。

 
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