うるさいほどの音量でチャイムが鳴り響く。
何度も何度も、鳴り終わることのないその音で一同は目覚めた。

「あれ……何であたし達、倒れたの?」
「確か鏡が光って、直後に意識が飛んで……全員倒れてたみたいですね」

安原の言葉に一同は頷き、体を起こして周囲を見渡した。
彼らがいるのはベースに使っていた会議室。
しかし、部屋になかったはずのテーブルやパイプ椅子が壁際に畳んで置いてある。
気を失っていたのはほんの少しの間なのに、どうやってこんな物を運び込んだのだろう。

「……滝川さんの姿が見えないのですが」

黙って室内を見回していたリンが眉を寄せながら、低く言う。
慌てて麻衣達はメンバーの姿を確認し始めた。
が、それもすぐに無駄に終わった。
全員この場にいるのだ、滝川を除いて。
彼の姿だけがここにはない。

「どこ行きはったんでしょう……」
「さあ……」

心配そうなジョンに、安原はただそれだけ答える。
否、それだけしか答えようがないのだ。

「ぼーさんはあとで探すとして、とりあえず外に出よう」
「え、でも」
「室内を見てわからないのか?ここには、僕達が持ち込んだはずの機材が一つもない」
「あ……」

そう言われ、麻衣は初めて気が付いた。
会議室には自分達が持ち込んだ機材がすべてなくなっており、加えて今も使用されているかのように綺麗に掃除されている。
旧校舎の会議室ではありえないことだ。

「所長!外が」

珍しく焦りを含んだ安原の声にそちらへ目を向ける。
彼は窓の外を凝視していて、一同もその向こうを見て瞠目した。

「何よ……これ……」

呆然とした呟きに無意識に同意の声を上げる。
窓の外はまるで夜中のように暗く、光も何も見えない。
六月とはいえ、気を失う前はまだまだ日は高かったはず。
すぐさまリンは常に着けている腕時計で時刻を確認し、さらに目を見開いた。

「今の時刻は、四時四十四分……です」

あまりにも異常な現象に、リンの声は静かに響き渡った。
ほんの数秒の間絶句していた一同は、ナルの足音で我に返った。
鳴り続けていたチャイムはいつの間にか鳴り止み、しかし外は真っ暗なまま。
ナルは扉を開け放ち、廊下へと足を踏み出す。

「な、ナル!?」
「ここでじっとしていても意味がない。校舎を回る」
「待ってください、私達も行きます。滝川さんを探さないといけませんし」
「そうですね。僕達も行きましょう」

リンと安原の言葉に麻衣達も廊下へ出、さっさと歩き出しているナルを追い掛ける。
ぞろぞろと廊下を歩くが、誰もいないようだ。
旧校舎なので誰かいたらそれはそれで不思議だが、今の彼らには誰かに会って状況説明をしてほしいくらいだ。

「誰もいないけど……人の気配がなさすぎて逆に怖いわね」
「うん。それにさっき、四時だったんでしょ?外があんなに真っ暗っておかしいよね」
「いえ、今も四時四十四分のままですよ」

再度時計に目を走らせたリンに、思わず一同の足が止まる。
ナルはリンを振り返り、怪訝げに彼を見た。

「壊れてるんじゃないのか」
「その可能性もありますが、先程までは動いていました。安原さん、あなたの時計は」

腕時計を常備しているもう一人の時計を示すと、安原は左手を胸の高さまで上げて目線を下げる。
瞬時に時間に目を走らせた安原は目を見開き、けれどすぐに眉を寄せた。

「……僕の時計も、四時四十四分のままです」
「故障の可能性は?」
「あるとは思いますけど、最近買ったものですし、粗悪品でなければ故障することはないかと」
「そうですか。ということは、時間自体が止まっている可能性があるな」

平然と何でもないように、しかしどこか嬉々として話すナルに、一同は内心でよくそんなに冷静だと感心する反面、マッドサイエンティストぶりに呆れの息を吐いた。
その時だ。
がたっと、突然、何か重い物を退かしたような音が聞こえた。

「え……?」

反射的に警戒態勢に入りながら、七人は音の方へ目を向ける。
発生源である一同の目前にある教室からは、足音が響き、やがて廊下の方へと近付いてくる。
足音が近付くたびに警戒を強めつつ、一同は足音の主が姿を現すまで気を張り詰めて待つ。
リンや綾子、ジョンはなるべく力を持たない安原や真砂子、麻衣を後ろへ隠しながら教室の扉から目を離さない。
足音は一旦扉の前で止まり、数秒も置かずにカラカラと少々間抜けな音を立てて教室の扉がスライドした。
ごく自然に廊下へ姿を現したのは、詰襟の制服――黒の学ランを着、通学鞄を肩に斜めに掛けた少年だった。
少年は七人の姿を捉えるとその目を大きく見開く。
一同も一同で現れた少年に、愕然とした。
張り詰めていた気が緩み、警戒心も軟化する。
少年は教室を出て一歩で足を止めたまま、一同に驚きの表情から訝しげに表情を変えた。
色素の薄い唇を開き、言葉を紡ぐ。

「誰だ、あんたら」

響いたのはすでに変声期を迎えているらしい、意外と低い声音。
少年の問いに我に返った一同は、少年を観察する。
年頃としては十五、六ほどだろうか。
その年代にしては身体は白く細く、小柄で背丈はジョンと綾子の中間ほど。
首に掛かる程度の髪は、室内でも金に見えるくらいの薄い蜂蜜色。
目はそれよりも少し濃い琥珀色で、日本人にしては全体的に色素が薄い。
顔立ちは端正だが、ナルのような美貌でもなければ、ジョンのように美少年と呼べる風でもない。
しかし人を惹き付ける何かがあることは確かだ。

「おい、聞いてんの?」
「……君は?」
「それ訊いてんのこっちなんだけど」

逆に問われ、少年はむっとするが、すぐに強気な顔でナル達を睨み付ける。
なまじ顔が整っているだけに迫力がある。
ナルは少年は引く気がないと確信して溜め息を吐いた。

「僕は渋谷一也。渋谷サイキックリサーチの所長だ」
「……渋谷サイキックリサーチ?何だそれ」

今まで見たことのない物を初めて見たかのように無邪気に問われ、ナルは眉を顰めた。
旧校舎の調査に来ていることは生徒達は知らせられているはずだ。
少年もこの高校の生徒ならば、知っているだろうに。

「僕らは心霊現象を調査し、原因を解明することが仕事だ。今回も依頼があったので、この旧校舎に調査に来た」
「旧校舎……?ここは本校舎だぞ」
「何?」

これにはナルだけではなく、麻衣達も驚いた。
調査に来たのは旧校舎で、当然ここも旧校舎。
なのに少年は本校舎だと言う。
一体どちらが本当なのか。

「君は、ここの生徒なのか?」
「そ。志衛(しえい)高校の二年」
「名前は?」

見ず知らずの、しかもいかにも怪しいメンバーの一員であるナルに訊かれたにもかかわらず、少年は不思議そうに小首を傾げる。
そして、次に告げられた名前に七人は愕然とした。

「俺は滝川。滝川法生っていうんだ」

 
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