ベースに戻り、持って帰った鏡を見せるなり滝川は話があると告げた。 手を止め聞く体勢に入ったナルに話を始めた。 「この鏡はずっと、ここを守っててな。前に閉じ込められた時、この鏡に助けてもらったんだ。その時に何でか気に入られたらしくて、高校時代は毎日鏡に会ってた。でも卒業してからはお山に入ったからな。毎日来ることなんかできないから、代わりに約束したんだ」 懐かしむように、けれど自嘲気味に未完成の鏡を見つめながら、滝川は話し続ける。 「年に一度、魂流しの日には来るって約束してたんだ。なのに、山を下りてからは忙しいのを理由に来なかった。来ても、魂流しが終わったらすぐに向こうに戻ったんだ」 す、と欠けている部分を指先でなぞる。 「ずっと、待っててくれてたんだ。でも鏡が割れたことで、暴走してるんだな」 静かに、鏡をなぞり続ける彼に一同は沈黙する。 しかしナルには関係ないようで、質問を続けた。 「鏡の暴走を止めるには?」 「欠けている部分を見付けて、嵌め込めばいい。そうしたら話もできるし、新しい鏡に移すこともできる」 「移す?」 「何と言うか……本体は鏡なんだが、その精霊みたいな」 「精霊って、鏡にもいるの?」 問い掛けたのは麻衣だ。 話の途中で入ってこられたせいで、ナルが彼女へ鋭い視線を向けると麻衣は小さく謝って身を引く。 それに苦笑しながら、滝川は可愛い娘のために説明を始める。 「付喪神っているだろ?それだよ。まあ、これは百年以上経ってるから、ここを守るくらいの力を持ってるんだが」 滝川の説明に麻衣を始め、安原や綾子、ジョンも感嘆の声を上げた。 リンは機材を見ながらも滝川の話を聞き、真砂子はあまり鏡に近付きたくないらしく、離れたところで話を聞いている。 「でも、その欠片ってどこにあるんでしょう?」 「それがわかれば苦労しないんだが。ま、でも大丈夫だろ」 「なぜ言い切れる?」 肩を竦めた滝川にナルは厳しい口調で問うた。 滝川は鏡を示し、笑みを浮かべる。 「こいつの目的は俺なんだ。だから必然的に俺が標的になる」 言葉の重さとは裏腹に明るく微笑む彼に、ガタッと大きな音がした。 音を立てた張本人――リンは立ち上がって滝川へ厳しい視線を送る。 心なしか表情も固い。 「それが、どれだけ危険なことかわかって言っているのですか?」 「ああ、わかってる。元の原因は俺なんだ。俺が標的になるのは当然だろ」 「わかっているとは思えませんね。あなたが傷付くかもしれないのですよ」 「俺を傷付けてあいつの暴走が止まるならそれでいい」 「では、あなたが傷付くのを黙って見ていろと?」 「別にそうは言ってないだろ」 「そう言っているようにしか聞こえません」 滅多に見られない組み合わせの舌戦に、麻衣達は呆気に取られる。 調査中には忘れがちだが、一応滝川とリンは世間で言う『お付き合い』をしているのだ。 いくら調査中と言えど、滝川を溺愛しているリンが彼を傷付くのを黙って見ているはずがない。 ただでさえ、滝川は仲間のためなら痩せ我慢をしてでも体を張るのだ。 そんな彼を放っておくわけにはいかない。 「俺を標的にすれば、早く事件が解決するだろ」 「そんなことはさせられません」 「どうしてもって言ったら?」 「力ずくででも止めます」 睨み合う両者。 どちらもまったく引かず、周囲には静寂と険悪な雰囲気が漂う。 睨み合ったまま動かず何も言わない二人に麻衣達は戸惑いの表情を浮かべる。 麻衣や綾子は何かを言おうとして口を開くが結局閉じ、ジョンはおろおろと二人を見、安原と真砂子は無言で成り行きを見守っている。 ただ一人、ナルだけは呆れた様子だった。 「だから、俺は―――…ッ!!」 再び口を開いた滝川の言葉が物音によって遮られる。 発生源である鏡は小刻み振動し、カタカタと音を立てている。 「何だ……?」 リンとの口論を途中で終わらせ、滝川は鏡へと歩み寄り手を伸ばす。 「ぼーさん」 「滝川さん」 咎めるような鋭い響きを含んだ二つの呼び掛けに一瞬動きを止めるも、滝川は鏡へ指を触れさせた。 瞬間、鏡から目映い光が放たれる。 反射的に顔を覆った一同に鏡はさらに輝きを増し。 光が完全に消えた時には、メンバー全員の意識は途絶えていた。 |