煌瀧寺から歩いていけるほどの距離の私立高校。
そこの旧校舎の会議室に機材を設置し、滝川兄弟に学校のことについて質問をしていた。

「昔からあるのは、学校の怪談か」
「あれいつからあるんだろうなぁ。確か、有(ゆう)ちゃんがいる時からあるらしいけど」
「ってことはー……何年?」

弟の疑問に逢樹は頭の中で計算し、答える。

「俺が三年の時二十五だったから…四十四だな」
「まだまだ若い……」
「そりゃあな。それにあの人、ここの卒業生らしいし。そうすると、二十八年は怪談があるってことだな」

赤いシャツに黒いパンツという、ラフな姿でコーヒーを飲む逢樹は、姿だけ見れば滝川に似ている。
揃って飄々としているのは同じだが、その性格は正反対だ。
面倒見が良く誰からも好かれる滝川と違い、逢樹は他人嫌いで個人主義。
全体的に威圧的な雰囲気と滑舌の良い低い声のせいで、彼を知らない者からはナルとは違った意味で怖がられる。
ただ、彼は末っ子には過ぎるほど甘いが。

「その怪談の内容は?」
「どこにでもあるような話だよ。たとえば、メリーさんとか口裂け女とか」
「また嫌なのがあるわね」
「そうだね」

綾子の言葉に清燕が頷いた。
清燕は逢樹よりも雰囲気が柔らかく、滝川に近い。
しかし末っ子に甘いのは同じだ。

「その教師はまだ現役ですか?」
「どうだろうね。最近ここに来てなかったし」
「職員室に行ってみりゃ、案外いるんじゃねぇの」

ぐっとカップの中をコーヒーを煽り、逢樹は窓の外へ視線を向ける。

「残念だが、職員室に行っても俺はいねえよ」

突然、声がしたかと思ったら会議室に一人の男性が現れた。
ボタンを二つばかり外したワイシャツに緩めたネクタイ、スラックスという普通の格好だ。
見た目は三十代後半といった頃だろうか。
全体的に能天気そうだ。

「有ちゃん!」
「先生と呼びなさい、先生と。俺に何か用かー?」

有ちゃんと呼ばれた彼は平然と、滝川の元へ歩み寄る。
普通なら霊能者が来ていることに対して戸惑ったり困惑したりするのだが、彼はそんなことは気にしていないらしい。

「あなたは?」
「ん?俺か?少年」

少年と呼ばれナルがわずかに眉を寄せる。
だがそれは口に出さず、無言で彼を促した。

「俺は相見(そうみ)有。ここの教師で、三年の歴史担当で一応担任も持ってる」
「さっき俺らが言ってたのはこの人なんだ。有ちゃん、怪談のこと詳しく知ってる?」
「怪談?」

進められてもいないのに勝手に椅子に腰を下ろし、首を傾げる。
いい歳した大人がして似合う仕草ではない。
麻衣が慌てて淹れた紅茶を受け取り、一口飲んで相見は口を開く。

「怪談ねえ……別にどこにでもあるものなんだけどな。ああ、そういえば」

思い出したのか手を叩いた相見にナルが問うが、彼は滝川を見やった。

「お前、二、三年くらい前から旧校舎に来なくなったよな」

その言葉に滝川がびくりと体を震わせる。

「その……仕事が忙しくて」
「やっぱりか。魂流しにきてすぐに帰るもんなー」

うんうんと頷く相見に滝川は笑うが、その笑顔は引き攣っていた。
相見はただ純粋な疑問だったが滝川はそうではないようだ。
今回の件と何か関係があるのか。
結局、滝川は話そうとはせず、この日は収穫もなく一同は煌瀧寺へと引き返した。



調査二日目。
ベースへ来るなり、ナルとリンはデータを確認し始めた。
しかし、夜中も機材を動かしてはいたのにもかかわらず、これといって変化はなかったようだ。

「むしろ、ずっと人がいる方が活発になるかもしれないな」
「てことは、泊まり込み?」

麻衣の問いにナルはああ、と頷く。
ベースに隣接している部屋と言えば、元図書室である。
本棚や机などはすべて撤去されていて、会議室や他の教室と同じで何もない。
広さはまったく問題なく、寝袋などを持ってくれば全員が寝れるだろう。
本日不在の逢樹と清燕は父親の手伝いで忙しいと、初日のみの参加だ。
よって、本日からはいつもと同じメンバーになった。
二人とも調査に参加したがっていたが、そこは見事に静蕾が黙らせたので問題ない。
そして二日目の調査を開始した滝川達は、再び旧校舎内を散策中である。

「なかなかに懐かしい……」
「そっか、ぼーさんってここに通ってたんだよね」
「ああ。俺らが卒業した途端、新校舎に変わったけどな」

あれは何とも言えなかったなあ、と遠い目をしつつ滝川は呟く。
卒業した途端に新しい校舎に変わるというのは、確かに何とも言えない。
だが自分達が卒業する前に新校舎に移っていたら、それはそれでむなしくもある。
二階の二年教室から出て、次は東館だ。
東館には家庭科室やら理科室、被服室やらがある。
東館の教室に行くには二階からでないと行けず、対して体育館には一階に下りなければ行くことはできない。
音楽室や図書室も一階にあるため、三年生はいちいち下りないとならないので面倒だっただろう。

「そういや、東館には怪談ってのがなかったな」
「何でですか?」
「さあな。理科室なんかはあってもよさそうだが、本館にしかなかったんだよ」

東館へ向かって歩きながら、滝川は首を傾げる。
卒業生の彼でさえ知らないとなると、麻衣達にわかるはずがない。

「やっぱり何にもないねー」
「そりゃな」

それぞれの教室を見て回りながら、麻衣は温度や傾斜などを測っていく。
見取り図はあらかじめ貰ってあるので美山邸のように、メジャーで計測する必要はない。

「有ちゃんなら、何か知ってるかもしんねぇけど」
「相見先生ですか?」
「そ。昨日も言った通り、あの人ここにいる期間は長いから。でも有ちゃん、今頃忙しいと思うんだよな」
受験生担当ですもんねえ、と安原も同意する。
受験は当の昔に終えた彼であるが、何か思うところはあるらしい。
東館を歩いていくと、奥の教室に行き当たった。
長らく使われていない他の教室よりも、この教室はさらに長い間放置されているようである。

「ここは、何の教室でっしゃろ?」
「すごい埃だね」

歩く度に舞う埃に顔をしかめながら麻衣は室内を見回すと、床にきらきらと光る物を見付けた。
思わずそばにしゃがみこんで大きな破片を手に取ってみれば、自分の姿が移る。
真上の壁には破片が一部残っている円の枠が掛かっていた。
どうやら割れた鏡がそのまま放置されているようだ。

「麻衣?どうし――」

不意に滝川の言葉が途切れた。
顔を上げて滝川を見上げると、彼は麻衣の手元を凝視している。
だがすぐに視線を破片が散らばる真上に移し、眉を寄せた。

「……回収、してると思ってたんだが」
「ぼーさん?」

滝川の言葉の意味がわからず麻衣が呼び掛けると、彼は何でもないと首を振る。
そうして壁に掛かったままの枠へと手を伸ばし、それを壁から外して床へ置く。

「麻衣、それ貸してくれ」
「あ、うん……」

戸惑いながらも麻衣は手にした破片を慎重に滝川へ渡した。
滝川はその破片を枠へと嵌め、床に散らばる他の欠片も嵌めていく。
素手でやっているため怪我をする恐れがあるが、滝川は気にせず散らばる欠片すべてを嵌め込んだ。

「……一枚、足りない……」

そう呟いた彼の言う通り、完成するはずの鏡は一部分だけ欠けていた。
周囲を見回してもあるはずの欠片はなく、滝川は未完成の鏡を手にしたまま低く唸る。

「ぼ、ぼーさん?」

思わず麻衣が声を掛けるも、それは彼にしては珍しく無視された。
後ろで見守っていた安原やジョンも、声を掛けることが出来ずただ不思議そうに滝川を見つめている。

「ベースに戻るぞ。話さないといけないことがある」

 
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