六月の半ばのある日。
そして滝川が実家に戻った翌日。

「そっかあ、ぼーさん昨日帰っちゃったんだ」

リンから話を聞いた麻衣が見るからに肩を落とす。
ほんの少しでもやはり姿が見れないというのは寂しいのだろう。

「まあまあ、一週間もすれば滝川さんに会えますよ」
「そうだけどー」

紅茶を飲みながら落胆の色を見せる麻衣に、安原とリンは苦笑する。
滝川と麻衣は周囲が羨むほと仲が良い。
けれどそれは家族愛であり、けして恋愛ではない。
万が一、恋愛になりかけたとしてもそこは二人の恋人が許さないので、二人は父娘のままでいられる。

「すみません、ここの所長はいらっしゃいますか?」

軽快なベルの音と共に女性の声がした。
麻衣は慌てて立ち上がり、扉の前に立っている二人の訪問者へ駆け寄る。

「ご依頼ですか?」
「はい。ここの所長は?」
「あ、呼んできます」

そう立ち上がったのは安原だ。
彼は所長室へ向かい、麻衣は依頼人をソファーに案内する。
テーブルの上は、あらかじめリンが片付けておいてくれたらしく綺麗だ。

「所長の渋谷です」

名乗ったナルに対し、女性の方は若干目を瞠っただけで、男性は無反応。
珍しく反応のない様子に逆に麻衣達が驚く。

「滝川夾(きょう)です」
「矢薙静蕾(やなぎ せいらい)と申します」

わずかに頭を下げ、夾と静蕾は視線を交わす。
男性が頷くと、女性が口を開いた。

「まず、この依頼は滝川法生の実家、滝川家からの依頼だとお思いください」
「滝川家?」
「はい。煌瀧寺ご住職兼滝川家当主、滝川劉樹(りゅうじゅ)様からの依頼です」

一斉に、あのナルとリンでさえも表情を驚愕に変える。
住職ということは滝川の父親なのだろう。
滝川の帰省が早まったのはSPRに依頼に来るほどの問題が起こったのだ。

「依頼内容は、近所にある高校のことです。その旧校舎がまだ建っていて、そこで色々事件が起こると」
「……その前に。学校関係者の方ですか」
「いいえ。高校と滝川の家は古くからの付き合いなので、最初はこちらに相談がきまして。その流れですね」
「そうですか。では、続きを」

ナルが促すと、夾は持っていた鞄から何枚か書類のような紙を取り出した。
それをナルは受け取り、目を通していく。

「そこに書いてありますが、誰もいないのに突然階段から突き落とされたり、教室の窓ガラスが割れたり。あとはなぜかいきなり教室の物が宙に浮いて、人に向かって飛んできたりなどがあるみたいです」
「一見するとポルターガイストのように見えますが」
「私もそう思います。ただ……」
「ただ?」

言い淀んだ夾にナルが問うた。
夾は少しの間逡巡して、複雑そうな表情で続けた。

「法生が、私達では対処できないと。あの家で一番力が強いのは法生だから、あの子が言うならそれは本当なんだと思います。私達の力では、及ばない」

滝川が言うなら、確かにそれは事実なのだろう。
オフィスの面々や協力者の中でも攻撃力も防御力も安定していて、そして強い。
だが夾の表情は暗い。

「正直に言うと、あまり法生を関わらせたくないんです。聞きませんでしたか、あの子が除霊中に頭を打って霊が視えなくなったって」
「……それが?」
「その事件以来……いや、それ以前からできるだけあの子を巻き込まないようにしてるんです。またあんなことにならないように」
「……要するに、みんな法生を心配してるんですよ。産まれた時からみんなに可愛がられてきましたから」

今まで沈黙していた静蕾は、夾を視線で宥める。

「あなたといい、智羽といい……あの子が心配なのはわかりますが落ち着きなさい。あの子が望んでこの仕事をしているんですから」
「……わかった。すみません、取り乱してしまって」

頭を下げ、元の姿勢に戻った時にはもう夾は先程までのように落ち着いていた。

「それで、受けてもらえるんですか」
「予備調査のことなどありますが」
「時間がない。それに、滝川の実家からの依頼なんです、予備調査なしでもいいでしょう」
「そうですか、わかりました」

本物の能力者である滝川を信じるならば、断れはしないだろう。
ナルは溜め息を吐いて、夾を見た。

「お受けします」

その一言に、夾は満足気に笑った。



某駅の近く、そこで一行は落ち合った。
滝川がいないこともあり、安原は免許取得ずみだが車を持っておらず、リンが運転するバンのみしかない。
結果的に一部は車、一部は新幹線でやってきた。
依頼に来た際に、迎えがいれば行くと言っていたため、新幹線組はその車に乗ることになっている。

「迎えって誰なのかな」
「案外、滝川さんかもしれませんね」

迎えを待ちながら雑談をしていると一台の藍色のワゴンが、一行の前に停まった。
後方のドアが開き、一人の女性が姿を現す。
淡い桃色の着物を着、漆黒の髪を結い上げた大人しそうな女性だ。
女性はナルの姿を見つけ、にこりと微笑む。

「渋谷サイキックリサーチ様ですか?」
「ええ、あなたは?」
「お迎えに参りました。滝川柚李(ゆり)と申します」

そう女性は一礼をし、車内を示す。
どうぞ、と言われたのでナルとリン以外はワゴンに乗り込んだ。
柚李は助手席に近い席に腰を下ろし、運転手へ声を掛ける。

「静蕾、ちゃんとスーパーで下ろしてね?」
「迎えは?」
「言われなくても清燕(せいえん)呼ぶわ」
「呼ぶのなら逢樹(ほうじゅ)を。あのブラコンをいい加減引き離さないと」
「それ、逢樹兄さんが聞いたら怒るわよ」

くすくすと楽しそうに笑う柚李に、バンは発車する。

「柚李さんは、滝川さんのお姉さんなんですか?」

会話が途切れたところで、安原が柚李に問うた。

「姉と言えば姉ね。私は義理の姉なの」
「義理?」
「私の夫が法生の兄なのよ。それに私は昔から滝川家にいるし、姉みたいなものだったのね。その点じゃ、静蕾も兄みたいなものよね」

と、女性は運転席を見やる。
運転手の静蕾はそうですね、と簡潔に頷くだけだ。
麻衣と安原は依頼に来た時に会ったが他はそうではない。
誰だろうという視線を受けて柚李はにこりと笑う。

「矢薙静蕾。私達の幼馴染みよ。家は近くにあるんだけど、滝川家に住み込みしてるの」
「何でですか?」

安原が問うより早く麻衣が問い掛ける。

「矢薙家は昔から滝川本家に仕えてきたの。静蕾の父親は今は劉樹様と昌代様……法生の父親と母親ね。その二人に仕えてるんだけど、静蕾は兄弟に仕えてるのよ。まあ、仕えてると言うより、兄弟って言う方がぴったりなんだけど」

ね?と静蕾へ声を掛けると苦笑を含んだ頷きが返ってきた。
滝川家までの道のりは意外と長く、途中で柚李はスーパーで下りたため、あとは静蕾だけになってしまった。
彼は寡黙のようでほとんど喋らず、返事も簡潔にしかしない。
まるでリンのようだ、と全員が感じたのは言うまでもない。
やがてワゴンは目的地に着き、全員がそこで下りる。
静蕾とリンが車を駐車場に停め、帰ってくると境内へ向かった。
機材は調査をする場所が違うのでバンに積んだままだ。
静蕾に連れられ、離れの一室に通される。
途中で庭で何やら僧侶達が作業をしていたようだが、一同にはそれが何かわからなかった。

「初めまして、滝川昌代と申します」

お辞儀をした女性は、三人の子持ちとは思えないほど若かった。
背中に流した蜂蜜色の髪に琥珀色の目。
滝川のあの色素の薄さは彼女から受け継いだもののようだ。

「内容を詳しく教えてください」
「内容に関しては、夾がお教えした通りです。ですが、一つだけ伝えていないことが」

年下のナルに対しても敬語を使う彼女の言葉に、ナルは眉を寄せて聞き返す。

「先日、調査をお願いした旧校舎の鏡が割れました。古かったこともありますが、この件には法生が関わっているのです。その鏡が何なのかは私共は知りません。しかし、調査対象の狙いは多分法生でしょう」

滝川が狙われていると聞き、一同に緊張が走った。
話を聞くと対象の旧校舎がまだ本校舎の時、滝川はそこの生徒だったらしい。
そして、一晩そこに閉じ込められたことがあると言う。

「その時のことは法生以外、その場にいた智羽達しか知りません。訊いても教えてくれなくて」
「そうですか」
「本人達に訊いても無駄ですよ。頑固の上、異様に結束が固いですから、あの子達」

諦めたように言いながら昌代は溜め息を吐く。
何度も本人達に訊いたが、一度も答えてもらえなかったのだろう。

「とりあえず、調査は明日からにして今日はお休みください。滞在中の部屋はすでに用意してありますので、あとで案内させますね」
「ありがとうございます」
「いえ、大切なお客様ですもの。それに、法生がお世話になってますし」

そう、笑顔のまま一瞬だけリンへ視線をやる。
それに気付いたのは当人とナル、安原のみ。

「昌代様、劉樹様がお帰りになりましたが」
「えっ、もう?案外早かったのね。法生は?」
「法生は未だに逢樹と清燕に振り回されてるようですね」
「いい加減帰ってこないかしら。弟が可愛いのは分かるけど、さすがにそろそろ帰ってきてくれないと困るわ」

呆れたと言わんばかりの昌代に静蕾も同意する。
不意にリンへ目を向けたが、眉を寄せただけですぐに逸らした。

「あのブラコン共を迎えに行ってきます」
「ええ、お願い」

昌代の返事を聞くなり、静蕾は足音も立てずに廊下を歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、彼女は再度今度は深く溜め息を吐いた。

 
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