用意された部屋は会議室のようだった。 機材を置きやすいようにセッティングし、ひとまず必要なだけ機材を運び込む。 滝川にリン、安原に麻衣と人手がいるためナルは安定して、座って資料をめくっていた。 「いきなり一階の窓が全部割れるって、大きいよね」 「体育館でしたっけ、電灯が落ちた時もありますし。あれだけの枚数を一気にって結構大変ですよね」 「現象にもよると思うけどな。霊か人間か。どっちにしろ強力だが」 「PKならぜひ実験をしたいな」 資料に目を落としたまま呟くような言葉を、三人は聞き逃さなかった。 マッドサイエンティストの言葉に突っ込んではいけない。 聞こえなかったふりをして三人は別の話題へと移る。 「そういえばここに霧薙くんもいるんじゃないかって」 「霧薙家に近いとこだもんな。通ってる可能性高いな」 「でも霧薙くん、一人でいて平気なんですかね。高校の時は丹羽先生とずっといたじゃないですか。しかも持病?まであるみたいだし」 決して体が弱いわけではない彼は、霊的なものに対しての防御力が弱い。 霧薙家から出ると途端にその影響を受けるため、一人で外出すること自体少ない。 大学に来ていても行き帰りは高校と同じように霧薙の送迎だろう。 問題は校内でどうやって過ごしているかだ。 護符くらいは持っているのだろうけれど。 大丈夫かなあ、と麻衣は心配そうに発する。 「それより、校内に機材設置。それと情報収集」 「あいあいさー。安原さんは?」 「僕はまだ調べ出すには情報が足りないので、お手伝いします」 「助かります。ぼーさん行こー」 必要な機材を、一度持てるだけ持って麻衣と安原、滝川はベースを出た。 国内でもレベルが高い方に位置するこの大学内は広い。 コの字型の学舎は四階建てだが中央に広い中庭があるため、そこを迂回するために横に長い。 校庭も広く、また体育館、講堂も同様。 桜牧学園も多少広かったが、敷地内に桜や四季の花、樹が植えられており見た目は普通の高校と同じ規模だった。 この大学の植物の数はごく普通で、校門から玄関までの間には桜並木がある。 その桜と霧薙に関連性があるのかは不明だが、大学に直接的には霧薙家は関与していないようだ。 来訪時にガラスの破片が散らばっていた一階は綺麗に片付けられて、窓は一時的にビニールシートで覆われていた。 講義は一時中断されたもののそのまま続いていて、現在は次の講義に移っている。 「んっとー、まずここだね。ついさっきあった場所だし」 「窓塞ぐのに少し時間かかるし、冬じゃなくてよかったよなあ」 「あの寒い中ビニールシート一枚は廊下でもきついですよねー」 「今が春で良かった。あ、春といえば桜だね。もう開花時期過ぎちゃったけど」 「もう少し早かったら前の桜並木と桜牧の桜が見れたんですけどね。残念です」 会話はしつつも手はまったく止まらない。 慣れた手付きでスムーズに機材を設置していく三人を、教室の中から生徒が何人か興味深そうに見ている。 真っ先に指定された一階の機材設置を終え、次の場所へ向かうために階段の踊り場まで上った時だった。 のっそり二階から下りてきた青年と麻衣が危うくぶつかりそうになった。 咄嗟に避けようとした麻衣の踵が階段を踏み外す。 「っ麻衣!」 「谷山さん!」 がくんと下がった体を後ろにいた滝川と隣にいた安原が背を慌てて支え、下りてきた青年が前から麻衣の腕を掴む。 腕を引かれたことで落としかけた機材は、滝川が真後ろから麻衣の体ごと抱えてくれたのでなんとか無事だ。保険がかかっているとはいえ、平気で数百万する機材を落としたくはない。 「あらら、ごめんねー。大丈夫ー?」 「あ、はい。こっちこそ見てなくて」 踊り場まで上がって体勢を持ち直して、青年を見上げて、驚いた。 麻衣と三十センチ……いや四十センチはあるか、リンより少し高い背丈。 リンより背の高い人間なんてそうそういないし、見たこともない。 何より目に付くのは銀色の髪と、緑の瞳。 雪のように白い、しかし白とは違う輝きをした白銀の髪。 翡翠のような緑の瞳は眠たげに緩やかに瞬く。 「重たそうなの持ってるねー。大変そー」 間延びした口調で抱えられた機材を見てはいるが、特に表情を動かすことはない。 「まあ俺には関係ないしー。頑張ってねー」 麻衣の腕を離して、またのっそりと階段を下りていく。 それほど横幅はないのにあまりに背が高くてまるで大きな熊だ。 呆気に取られたままの三人は青年の姿が見えなくなって、ようやく我に返った。 ビニールシートで覆われた窓から隙間風が入ってきて、肌寒いこの季節同様、冷たい風に上着を持ってくるべきだったと後悔した。 まさかこんな一斉に窓が割れるなんて思ってなくて、天気も良かったので薄着で家を出てしまった。 これを見越したように友人はきっちり上着を持ってきているのだから、あの辺り用意周到だと思う。 「瑞ー、あっためてー」 「食堂の自販機でくらいなら何か買ってやる」 「物理的に」 「黙れ」 「そう言いつつあっためてくれる瑞がすき」 「あーそうかよ」 身内や仲の良い人間に対しては扱いがぞんざいに、口調も悪くなる彼は非常にわかりやすい。 始めは嫌われたのかと思っていたが、むしろ彼の場合は真逆だ。 嫌いな人間にほど態度は丁寧になる。 最初が慇懃無礼なだけまだましというところだ。 「なんだっけー、調査にきてる人達とさっき階段で会ったよー」 「渋谷サイキックリサーチ」 「そうそう、それー。女の子とー、眼鏡の人とー髪長い男の人ー」 「ああ……」 ざっくりした特徴を述べただけで理解したらしい。 標準よりやや低めの彼は抱きこまれたまま目線を横に逸らす。 「挨拶とかしないの?」 問えば、怪訝そうに彼は見上げてきた。 目は口ほどに物を語る通り、慣れてくると目を見れば大体言いたいことがわかる。 「気にしてるみたいだしー」 「しばらくいるんだろうから、どうせ会うだろ。わざわざ行くほどでもない。そもそも、一年前会ったっきりだしな」 向こう行く機会なんてねえし、と彼は息を吐く。 あの一件後、処置と後処理に追われ、春には桜の移植、卒業のための出席稼ぎと多少の受験勉強。 次期当主として家の仕事やら巫女の仕事やらで、高校最後の一年は忙しいの一言に尽きた。 大学に入ってようやく一息つけた矢先にこの状況。 能力者には何かしら引き寄せるものでもあるのだろうか。 彼は腹の前で交差された長い腕を軽く叩いて、離れろと促す。 「残念ながら俺は教授にちょっと用がある。先に帰るかは自由にしろ」 「んー……待ってるー」 そうか、と返して、彼は気だるげに去っていく。 いつものようによく話をしている教授だろう。 何の話をしているかまでは知らないが、興味が合うようで話が白熱しているのを時々見かける。 彼が戻ってくるまでどうしようかと思考して、ふと侵入してきた隙間風に身を竦めた。 芯まで冷やす風は冬のようで、やけに冷たい。 |