あのねえ、と澄んだ声が呆れた色を孕む。
目の前でもふもふ菓子パンを頬張る友人は、眠たげな目をきょとりと瞬かせた。

「そういうことはちゃんと言いなって、前から言ってんだろうが」
「……そーだっけ?」
「人の話をちゃんと聞いとけ」

外見に反して意外と口の悪い、美しい友人は片手で顔を半分多い、深く溜め息を吐いた。

「…………言っとくけど、俺は護ってやれねえからな」
「うん。俺が護るから大丈夫ー」
「……まあ、期待しないでおくわ」

ふわふわとした友人に彼は疲れたように目を閉じた。



渋谷道玄坂、一階の喫茶店からエスカレーターで上がった二階にある渋谷サイキックリサーチ。
内装から到底心霊調査のオフィスだとは感じられないそこに、今日も今日とて業務に勤しむ姿がある。
日課である新聞の内容を確認しながら自分で淹れた紅茶を嚥下する。
いざどういう情報が調査で役に立つことがあるか分からないので、紙面チェックも仕事だ。
特に気になるような情報はないだろうと畳み掛け、ほんの小さな、隅にある記事に目がいった。
いつもなら見逃していたような記事は、関東にある大学の窓ガラスが一斉に割れたという内容だった。
引っかかったのはその大学の地名だ。
約一年前、調査に行った高校がその場所にあった。
桜に囲まれた、美しい赤い髪の少年がいたあの高校。
あの近くだろうか、あの学園は高等部まででそもそも校名も違う。
彼は麻衣と同い年なので恐らく大学へ進んでいるだろう。
もしかしたらこの大学かもしれない。
そう思うとあの濃い数日間が思い出されて、少し心配になってくる。
あれから彼がこのオフィスを訪れたことはない。
連絡先も当然のことながら交換しておらず、御神木が移植された報告と高校卒業の時に簡単な手紙が届いただけだ。
手紙を出すなら別だが、今すぐには、彼がどうしているのか知る術はない。

「……ねえ、安原さん」
「どうかしました?」

隣でこちらはパソコンを目の前に作業をしていた同僚が、呼び掛けに麻衣を見やる。
大学で忙しいながらも器用にいろいろとやってのける安原がいると仕事が捗るな、と頭の隅で思いながら新聞記事を見せる。

「これなんだけど。この地名」
「地名?……ええと、これはあそこですか、桜牧学園があるところ」

一年少々経過したといえど簡単に忘れられないのは安原も同じだったらしい。
同僚は記事を読み進め、眉を寄せる。

「御神木はもう霧薙家なんですよね…とすると、霧薙くんはあそこから動けない。学園から近いということはここに通ってる可能性大ですね」
「やっぱり?丹羽先生が一緒ならいいんだけど…大学まではさすがに無理かなあ」
「そうですねえ、そうそう融通が利くわけでもないでしょうし。霧薙くんだけでしょうね」

大丈夫かな、と洩らした安原に麻衣も頷く。
霧薙瑞焔、桜の巫女である少年…青年へ成長したであろう彼は、精霊や霊的なものを視れても身を護る力は持たない。
護符と生来の清浄なる力からよほどのものではないと近付いてはこないだろうが、一日の半分を結界の中で過ごしていた高校の時とは違うのだ。
彼を護るものは護符以外、何もない。
護符も強力であれど絶対ではない上、持病を持っているらしかった。
結界が張れて瑞焔を理解している丹羽詠人が一緒にいれば安心なのだけれど。
少々心配しつつ、記事を眺めた二時間後。
現地へ直接赴くことになるとは麻衣はまだ思っていなかった。

 
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