丹羽から情報を聞き出そうと滝川と安原は保健室まで来ていた。
保険医なら普段は保健室にいるだろうとまずはここにしたのだ。
カラカラと扉を開けるとベッドは二つとも開いていて、奥のベッドは相変わらずカーテンが閉まっていた。
これはタイミングの悪い時に来てしまったらしい。
二人は顔を見合わせ、他を探そうと踵を返しかけた。
だが二人を引き止めるようにカーテンが開く。
顔を出したのは瑞焔で気だるげに二人を見やる。

「なんだ、あんた達か。俺に用か、にわちゃんか?」
「丹羽先生なんですけど、どこにいらっしゃるか分かります?」
「……初めて見る顔だな」
「安原修と申します。渋谷サイキック・リサーチの事務員です」

よろしくお願いします、とにっこり微笑んだ安原に瑞焔の口角が上がる。
不敵な笑みを浮かべ、シーツを羽織りベッドから下りてきた瑞焔の姿に瞠目する。
制服を着ているはずの彼は、指定のワイシャツだけ。
スラックスは穿いておらず、太股から下は丸見えである。
日に焼けていない白い足は爪先まで整っていて、美しい容姿に拍車を掛けている。
ナルとは違い瑞焔はそこまで性格も悪くはないので、話しても幻滅されることは少ないだろう。
ただ容姿が綺麗すぎるために自分によほどの自信がないと敬遠されそうではある。

「にわちゃんなら今いない。なんなら俺が伝えとく」
「そうなんですか。ところで、霧薙くんは丹羽先生がどこの出身か知ってますか?」
「あ?出身?ここだろ」

ここ以外どこにあるんだ、という瑞焔の言葉に二人は確信する。
幼馴染みに丹羽がここの出身ではないと告げたのは瑞焔だ。
だが、瑞焔は笑みを深めて愉快そうに二人を見る。

「そう、お前らは言ってほしいんだろ?にわちゃんがここの出身だってことを俺が知ってるか、確かめたんだ」
「……本当のところはどうなんですか」
「知ってるよ。俺が恵達に教えた。これで満足か?」

くすくすと笑いながら話す瑞焔に、安原は内心顔をしかめた。
想像していた以上に手強い。
素直かと思いきや、最後にははぐらかして真実を見えなくさせる。
楽しんでいるのだ、こちらが悪戦苦闘して真実に辿り着くのを。

「頼むからさ、早くこっちに来いよ。所長さんとあんた達なら簡単だろ?なんたって、所長があのデイヴィス博士なんだから」

今度こそ安原は表情を変えた。
そのことは日本支部と身内しか知らないはずだ。

「それをどこで……!?」
「さあ?頑張ってこっちに辿り着けよ。と、にわちゃんおかえり」

へにゃと不敵な笑みを柔らかいものへと変えた瑞焔は、二人の後ろに目をやる。

「ただいま。なんだ、俺に用か?」
「そうです。あ、初めまして、安原といいます」
「ああ、俺は丹羽だ。適当に座ってくれ」

立ったまま話していた二人は丹羽の言葉に甘えてベッドに腰掛けた。
二つしかない椅子の片方に丹羽が、もう片方には瑞焔がシーツをまとったまま座る。
丹羽が淹れたお茶を配りながら、最後にカップを手に取った瑞焔に首を傾げた。

「どうした、機嫌悪いな。俺が出るまでは良かったのに」
「別に。にわちゃんのせいじゃないよ。どっかの誰かさん達のせい」

ちらりと二人、特に安原を見た瑞焔に丹羽が納得する。
笑ってはいたが、丹羽が帰ってくるまで機嫌が悪かったらしい。
機嫌が悪いから素直に答えない性格が余計に悪化してしまったようだ。
麻衣と真砂子に情報を出した時はそれほど悪かったわけではないので、きちんと答えてくれたということになる。
ナルとは違い機嫌の機微が分からない。
正確に把握出来るのは丹羽と幼馴染みの二人だけではないだろうか。

「そんなに怒るな。少年らも仕事なんだ」
「それはわかってる。でも少し幻滅した。優秀なデイヴィス博士はサイコメトリができないと何もできなくなるのか?」
「霧薙、言い過ぎだ。機嫌最悪だな、お前さん」

ずずとお茶を啜る丹羽を瑞焔は睨め付けた。

「元はといえば、にわちゃんが俺のスラックス汚したからでしょ。それで保健室から出て行ったから、俺がこいつらの相手しなきゃいけなくなったんだ」
「はいはい、俺が悪かったから。機嫌直せ、な?」
「誠意がこもってない」
「うん、ごめんごめん」
「投げやりじゃねえか!」

本人は至って真面目なのだろうが、丹羽がまた適当にあしらっているところが笑いを誘う。
低く唸る瑞焔に丹羽は苦笑して、湯飲みを机に置いた。
瑞焔の頬を両手で包んで、こつんと額を合わせる。

「悪かった。機嫌直せ」

霧薙、と優しく名前を呼ぶ。
瑞焔はかああと顔を赤くして丹羽の体を突き放した。

「何してくれやがんだ!阿呆!変態!」
「はいはい。機嫌上昇したようでなによりだ」

シーツを体に巻いて椅子の上で膝を抱える姿は、普段の不遜な態度からは想像ができず、一種の可愛さがある。
元々背丈も綾子と同じくらいで男子高校生にしては体付きが華奢なため、意外とこういった仕草が似合うのだ。
彼を好きな人間が見たら卒倒ものだろう。
ぷいとそっぽを向いてしまった瑞焔に苦笑しつつ、安原は切り出す。

「お二人に質問がいくつかあるんですが」
「ああ、その用で来たのか。良いぞ、何でも訊け」

丹羽の許可が出たので、安原は話を続ける。
瑞焔は別の場所を向いたままだが、話は聞いているだろう。

「うちの所長のこと、どこでお調べになったんですか?」
「オリヴァー・デイヴィスのことか?学園の調査が決まってからだな。名前自体は前々から知ってたが、素性を調べたのはその頃だ」
「学園の調査に来る事務所の所長の素性を調べた、ということで?」
「そういうことだな」

霧薙も同じだな、と言う丹羽に瑞焔は頷く。
調べた動機も知ったきっかけも、学園に来る者の素性というだけ。
名前を知っていたのはそういう分野に興味があるからだろうが、この二人の様子からして危惧するようなことはなさそうだ。

「では次に。これは霧薙くんに訊きたいんだけど、どうして丹羽先生が桜牧学園の出身じゃないなんて?」
「霧薙だったのか!デマ流してくれたのは」
「俺だけじゃない、理事長も。……いや、霧薙みんなグルだよ。にわちゃんならその意味、わかるはずだけど?」

紫の瞳が笑みに細められる。
立てた膝に組んだ腕を乗せ、その上に更に顎を置いて首を傾げた瑞焔に、丹羽が意味を理解する。
霧薙の関係者が丹羽の出身をどうして隠そうとするのか。
瑞焔に関わっているから、というのはわかるが単なる保険医と生徒なら隠す必要はない。
先日瑞焔が倒れた時、丹羽は保健室に結界を張っていたと言った。
それは結界を張り、瑞焔を護っていたということで。
丹羽は霧薙家に深く関わり、霧薙家はその事実を隠さなければならない。
桜牧の出身ということを丹羽にも知らせず、隠蔽を行っていた。
それほど外に洩らしてはいけないのだ。
瑞焔はそれを言おうとしないだろう、丹羽もまた同様だ。

「……では別の質問を。学園内にいる霊のようなものというのは、何ですか」
「そっちにはそれ専門の霊媒だか巫女だかがいるんじゃねえの」
「霊媒は正体がわからず、巫女は校庭の隅にある桜の樹が御神木で、樹精が宿っていると」
「樹の巫女だったか。御神木ねえ。注連縄も巻いてない、ただ校庭の隅にぽつんとある樹を御神木と見抜くなんて、なかなかやるねえ」

ただ、と瑞焔は笑みを浮かべたまま、険しい色を目に浮かべた。

「とてつもなく気に入らない」

樹の巫女?それがどうした、あの桜の意志を汲み取れなければ意味ねえだろ、あの声も聴こえないくせに。
本気で気に入らないと、不穏な雰囲気をまとう瑞焔に滝川と安原が思わず圧倒される。
瑞焔は椅子の上から床へぺたりと足を下ろして、そのまま奥のベッドへ向かった。
せっかく機嫌が直ったのにまた降下してしまったようだ。
丹羽は溜め息を吐いて、ベッドのカーテンを閉めた。

「悪いな、今日はここまでだ」
「いや、こっちこそ時間取らせた。また霧薙少年の機嫌が直った頃に来るよ」
「そうしてくれ」

肩を竦めた丹羽に苦笑を返して、滝川は安原を伴って保健室を出る。
ベースに戻りながら滝川は安原に話を振る。

「さっきの話、どう思う」
「霧薙くんは恐らく松崎さんと同じなんじゃないでしょうか。そして丹羽先生が霧薙くんを護り、二人の関係をただの保険医と生徒にするために霧薙家が隠蔽を行っている。二人の関係がばれると非常にまずいことがあるんでしょうね。それは五十年前と今回の事件に関し、霧薙くんの能力が鍵になっている」
「そういうことだろうな。霧薙少年が仮に樹の巫女だとしよう。そうすると、じいさんの水貴ってのも怪しいな。霧薙少年と同じ力を持ってるかもしれない。そうすると霧薙自体がそういう家系ってことだ。あれだな、氏子とかそんなやつ。霧薙家があの桜を御神木として、それなのにちゃんと祀られてない」
「まるで能登の事件の時みたいですね。ここからは松崎さんの独壇場か」
「ま、綾子に期待だな」

そうですね、と安原は同意した。
ところが、その日の放課後。
瑞焔が、階段から落下した。


 
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