「校庭の隅にある、桜?」 そうよ、と綾子は頷く。 麻衣と真砂子はその話を瑞焔から聞いた。 綾子は樹の巫女だ。 その彼女が樹精が宿っているのだというならば、それは事実。 『桜』とは校庭の隅にある桜のことなのだと瑞焔は言った。 そして瑞焔の項にあった霧薙家の家紋。 五芒星の中に桜の花弁が刻まれていた。 『桜』と霧薙家には何かしらの関係があり、瑞焔はそれを知っている。 だが彼は自分達で調べろと言う。 知っていながら自分からは言わないつもりなのだ。 こちらが色々な手を打って可能性を潰し、情報を絞り真実に辿り着くのを、面白そうに笑って眺めている。 なんて性質の悪い。 これは安原さんの情報次第だな、とナルは溜め息を吐いた。 ナル、と真砂子がナルを呼ぶ。 彼女に目を向けると「霧薙さんのことなのですけれど」と続ける。 「霧薙さんに、この学園の霊が視えるかと訊いたら、視えないと仰いましたわ」 「視えない?霧薙さんには霊視の力があると思っていたんだが」 確かに、と真砂子は頷く。 「あの方には霊視が出来ますわ。ただ、この学園にいる霊の姿が視えるか、とお訊きしたら視えないと、どこでよく視るかという質問には家の外だとお答えになりました」 「……つまり、この学園には霊はいないから視えないけど、別のものならいるってことなんじゃないか?真砂子ちゃんも霊といっていいかわからないって言ってたし」 「その可能性が高いだろうな。問題は霊のようなものの正体か」 真砂子がわからないとなると、あとは麻衣しかいないが、彼女の能力はまだコントロールができていない。 ようやくここまで進展したのにまた行き詰まった。 だんだん頭痛がしてくるような気がして、こめかみを押さえると会議室の扉がノックされた。 カラカラと音を立てて開けた人物は安原。 後ろにジョンもいる。 「いやあ、遅くなりまして。お待たせしました」 「いえ、何か収穫は」 「十分に。意外とややこしくて大変でした」 椅子に腰を下ろした二人の前に麻衣がカップを置き、休憩を取る暇もなくナルに報告を。 「この町自体は普通なんですが、桜牧学園がややこしくてですね。創始者が霧薙秀親(ひでちか)といいまして。歴代の理事長も霧薙家が務めているんですが、創始者の秀親はたいそう桜がお好きだったらしく、桜牧という名前もその理由で付けたそうです。敷地内にやたら桜ばかりなのも秀親が率先して植えたからで、元々あった樹もあるようです」 校庭の隅にある樹がそうですね、という安原の言葉にジョン以外の全員が反応する。 先程来たばかりのジョンと安原にはなぜかわからず、綾子が説明すると二人は瞠目した。 「樹精ですか、それはまた」 「霧薙さんの話では五百年は生きているらしいですわ」 「霧薙?……ああ、二年生の霧薙瑞焔くんですね。霧薙家の御曹司で、ほとんど保健室にいる。理由は体が弱いからということだそうですが」 「それが本当かはわからないが、どうやら彼には霊視の力があるようです。彼が言うには、この学園には霊はいない。原さんも同様で、ここには霊ではない何かがいると」 「霊でないなら何なんでしょうねえ。霧薙くんに直接訊いてみましょうか」 「それはぜひお願いしたいですね」 笑いながら言った安原にナルが肩を竦める。 その時はブラウンさんも、と続けるとジョンは「僕にできることなら」と笑みを溢した。 「それでですね、今回と同じような事件が過去に一度だけ起こってるんです」 「前にもあったのか」 「はい。桜牧学園が創立されたのは八十年前。約五十年前になりますが、校舎は一度新しく建て直されています。その時に起こってますね」 「被害はどのくらいですか」 「重傷者が八人、死者が三人です。軽傷者は不明ですが、軽く十人は越えると思います。死亡原因はいずれも転落死。その三人が亡くなる直前、人のような影に襲われていたという目撃情報が必ずありますね」 今回より被害が大きいが、共通点は同じだ。 五十年前だといえ、教師がそれをどうして知らないのか。 それとも単に知らないだけか、誰かが隠蔽しているのか。 「前回の事件で見逃せないことを見つけたんですが、五十年前にも霧薙家が関わってるんですよ」 「霧薙家が?」 「霧薙水貴(みずき)、水が貴重と書いて水貴です、霧薙くんの祖父にあたります。この方が怪異を鎮めたようですが、詳細はどこにも載っていません。知ってる人もいませんでした」 「詳しいことはやはり霧薙家が握っているのか…厄介だな」 口元に指を添えてナルは眉宇を寄せる。 どうあっても瑞焔か霧薙家の誰かに訊かなければならないようである。 瑞焔の性格からして素直に答えてはくれないだろう。 ならば霧薙家の誰かに訊くか。 瑞焔が口を閉ざしているのだ、霧薙の関係者も簡単に答えないことは確実だ。 「少し違うところから攻めてみようか」 「例えば」 「丹羽詠人先生」 ああ、と安原は頷いた。 資料をめくり名前を見つける。 「丹羽詠人、三十歳、桜牧学園出身。卒業後すぐに中等部の教師になり、霧薙くんが高等部に入学すると同時に高等部に着任。生徒からの信望は篤く、保険医と生徒会の顧問を兼ねていると」 「生徒は丹羽先生がここの出身でないと思っているようですが」 「それなんですが、どうやらそういう噂を流した人物がいるみたいですね。噂の元を探したら理事長と生徒会の二つに分かれました」 「理事長?生徒会の方は会長自身が勘違いをしていました。彼も恐らく誰かから聞いた。しかし、理事長というのは気になるな」 現在の理事長も霧薙家の人間だ。 生徒会長である神田恵の幼馴染みも霧薙家。 幼馴染みでさえ知らない事実を瑞焔は未だに隠している。 だが噂を丹羽が知らないとはどういうことなのか。 「……丹羽先生も知らないことがありそうだ」 |