丹羽に案内され、一同は広い二階の第二会議室へ向かった。
一応掃除をして最低限必要な物ほど置くと、ちょうど一時間目が終わった。
休み時間になって早々、生徒が数人やって来る。
目撃した生徒がほとんどで、襲われた生徒は両手で余るくらいだ。
目撃した生徒は単に目撃し、消えていくのを見ただけで大して情報にはならなかった。
襲われた生徒は靄のような人影にまとわりつかれ高所から突き落とされたり、追い掛けられ勢いのまま転倒したり足を踏み外したりして怪我をしたという、大きく二通りに分かれた。
規模としては立派な怪異だ。
その前者を体験したのは二人。
数週間前に亡くなった女生徒と、一週間前に襲われた生徒会長。
夕方になって、生徒会の仕事を終えた彼はやってきた。

「こんにちは、遅うなってすみません」
「神田、霧薙は一緒じゃないのか?」
「一緒ですよ。廊下で待っとるて、そこに」
「……お前さんより、霧薙の方が危ないんじゃないかと思うんだが」
「…………そうですね。今日は唯涼もおらへんし」

ひょこひょこと片足を引きずって歩き、会議室の扉まで戻る。
顔だけ出して廊下にいる人物に声を掛け、また戻ってパイプ椅子に腰掛ける。
上履きの音をさせながら緩慢な動作で入ってきた生徒の容姿に、全員が驚いた。
日本人らしくない、背の半ばまでの艶やかな赤髪。
切れ長の目は紫をしていて、右目に眼帯をしているもののナルに劣らない端整な顔立ち。
肌の白さで余計に赤髪が映える。
彼は友人の隣に座ると足を組んでそっぽを向いた。

「生徒会長をしてます、二年の神田恵(こうだ けい)です、こっちは友人の霧薙瑞焔(きりなぎ みずほ)」
「襲われた時の状況は?」
「放課後、生徒会の仕事が終わって待っとってくれとった瑞焔と合流しようとしたんですけど、姿が見えたところで襲われて。詳しいことは俺より瑞焔の方が」

そう友人を見た恵に倣い、ナルや麻衣達の視線も瑞焔に向く。
彼は嫌そうに顔を顰めながらも、口を開いた。

「……恵が俺に駆け寄ろうとした時、恵の後ろに黒い影が見えて。まさかと思ったら恵に影がまとわりついたんだ。それでそのまま、三階の踊り場から俺のところまで落ちて。恵の様子を見て上を見たら、黒い影はすぐに消えた。でも消える直前、笑ってるように見えた」
「笑っていた?」
「そう見えただけかもしれないけど、恵を突き落として喜んでるような」

そんな感じだった、と言う瑞焔にナルは証言をファイルに書き込んだ。



この日はそのあと機材を搬入し、敷地内の見取り図は事前に学園長から受け取っていたので目撃証言が多かった各階の廊下を中心に機材を置いた。
麻衣が頑張って夕食の仕度をしている時、ガラリと会議室の扉が開いた。

「おー、また凄い量だな」
「丹羽先生、帰ったんじゃなかったんですか?」
「敬語いらん。俺は宿直。あの子、どうした?あの元気な子」
「じゃ、お言葉に甘えて。麻衣なら今、夕飯作ってるよ」

へえと丹羽は洩らし、じっと滝川を見る。
それに滝川は首を傾けて、暫し二人は見つめ合う形になる。
数分経つとさすがにパソコンからリンが顔を上げ、訝しげな視線を丹羽に向けた。
滝川の恋人としては、正直二人の状況が面白くない。
意識を自分に向けようと声を掛けようとして、先に会議室の扉がガラガラと開いた。

「何やってるの?二人とも」
「よ、おかえり」
「ただいまー」

おにぎりと味噌汁入りのポットが入った袋を両手に持ちながら、麻衣はそれを会議室の長机に置いた。
顔だけで二人を振り返り、問う。

「さっき何してたの?固まってたけど」
「ああ、なんつーか、こう……この人に親近感みたいなのが湧くんだよな」
「そりゃ性質が似てんだな、あんたとその人」

いきなりこの場にいない人間の声がして、麻衣と滝川はびくりと体を揺らした。
丹羽が一歩横にずれると鮮やかな赤が現れて、ナルが険しい目を向けた。

「なぜ、霧薙さんがここにいるんですか」
「ずっと保健室で寝てたんでな。気付いたらこの時間だ。起こせよにわちゃん」
「にわちゃん?」

誰それ、と麻衣が首を傾げたので、瑞焔は無言で丹羽を指差した。

「丹羽は本当はにわって読む方が世間的には正しい」
「あ、漢字、それなんだ」
「そう。おかしいんだ」
「変わってると言え。お前さんの名前も変だけどな」
「みずほなんて、男だと変わってるが普通だろ?」

そう滝川が言うと丹羽はいやと首を横に振る。
校内の見取り図が貼ってあるホワイトボードを引っ張ってきたかと思いきや、マーカーで漢字を二文字描いた。

「こいつ、これでみずほなんだよ」

見取り図の横に描かれたのは『瑞焔』。
瑞々しい焔とは、表現では正反対とも言える漢字だ。

「霧を薙ぐほどの瑞々しい焔のように強い意志を持て、という意味らしいぞ」
「お詳しいですね、一生徒の名前に」
「本人が言ってたんだよ。これ以上詳しいことは俺でも知らんが。知ってるのはこの髪と目が地前ってことくらいか」
「霧薙家はこの辺で有名だから。家でかいし、金持ちだし、昔からあるし」
「だからサボってても学園長や教師が何も言えないんだ。霧薙家が怖いから」

くだらんねえ、と瑞焔は肩を竦めた。
その通りだ、家を気にしていては生徒とまともに接することなど出来ない。
だが丹羽は違うようで至って普通に瑞焔と接している。
家柄を気にしない性質らしい。

「それより、霧薙さんはお帰りください。貴方がいたら足手まといになります」
「うん、俺は面倒くさいから帰る。にわちゃん、玄関まで送って」
「分かった。お前さん一人じゃ危険だ」
「あ、俺も行くわ。何かあった時心配だし」
「そうしてくれ」

ナルの言葉に返事をすると、滝川は丹羽と瑞焔と共に会議室を出た。
少しも待たずに廊下のカメラに三人の姿が映り、音声が入れてあるようで会話も聞こえてきた。
滝川の社交性もあるのだろうが、つい数時間前に知り合ったにしては話も弾み、楽しそうである。

(あそこに交じりたいな〜……)

所長とメカニックの二人だけだと空気が張り詰めているようで、少しばかり居心地が悪い。
無駄口を叩かないナルは大抵、調査資料か本を読んでいて、リンはパソコンを構っている。
これで滝川がいれば二つの意味で空気が和むのだが。
一つは単に滝川の性格で、もう一つはリンの雰囲気が分かるか分からないかくらいで微妙に和らぐ。
滝川と二人きりでいるところを見てしまった時は一瞬誰かと思ったくらい、雰囲気が柔らかく甘かったが、第三者がいると精神的に違うようだ。
十分ほどして、何事もなく滝川と丹羽は戻ってきた。
二人が戻ってきたことで空気が和み、麻衣は嬉々として夕飯を二人に差し出した。
少し多めに作っておいたことに内心自分を褒めつつ、ワーカホリック達にも強制的に食事を取らせながら自分で握ったおにぎりを頬張った。

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -