休日、所長のおつかいで紙袋に入った本を両手に持ちながら、麻衣はその重さに辟易していた。 毎度のことながら重すぎる。 自分で取りに行けばいいものを、いつも麻衣が取りに行かなければならないのだ。 少し紙袋を地面に下ろして休憩し、よいしょと持ち直す。 オフィスまであともう少しだ。 今の時間なら安原も来ているだろう。 一階の喫茶店を通り過ぎて二階へ。 オフィスの扉が見えてようやく気が抜けた。 そのせいだろう、突然後ろから声を掛けられ、麻衣は思わず飛び上がった。 ばっと振り返ると向こうも麻衣の反応に驚いて、困惑した表情を浮かべていた。 「す、すみません!えと……?」 「少しお聞きしたいことがありまして。渋谷サイキックリサーチの方でしょうか?」 「はい、そうですけど。ご依頼ですか?」 そう問えば、男性は無言で頷いた。 男性を伴ってオフィスへ帰り、ちょうど出てきたナルへ説明すると、彼は男性を見やって麻衣に「お茶」とだけ言い放った。 安原が紙袋を所長室へ運んでくれている間に、麻衣はお茶を淹れに給湯室へ。 応接間に戻ると資料室にいたリンも出てきていて、自分のデスクに座っていた。 ことりとお茶を置くと男性は小さく会釈した。 「私、桜牧(おうまき)学園高等部の学園長をしております、多々納(たたの)と申します」 名刺を差し出されナルは受け取り、それを安原に回す。 安原は名刺を服のポケットに入れた。 「あの……学園では妙なことが起きていまして」 「妙な?」 「はい。放課後になると、黒い人影が見えると」 「黒い人影ですか」 はい、と頷き、多々納はお茶を啜る。 「最近では黒い人影に襲われるそうで……。実際、何人も襲われた生徒がいるのです」 「事実かどうかお調べには」 「調査は一応しましたが、本当に襲われたのかどうかは。ただ、数週間前に生徒が一人、亡くなりまして」 「亡くなった?」 そこでようやくナルが表情を変えた。 眉を寄せ、一旦手を置く。 「放課後、教室に一人でいたところを人影に襲われて窓から転落した、と聞いております。その生徒の教室は三階で、ちょうど校庭で部活をしていた生徒が数人、黒い人影を目撃しているようで」 あと、と続ける多々納にまだあるのかと麻衣が顔をしかめる。 温くなったお茶で口内の渇きを潤して、多々納は再び話し出す。 「つい一週間前、生徒会長も襲われたんです。その場面を彼の友人が居合わせて、最初から最後まで見たそうなんです。その子が言うには、あれは人間ではなかったと」 「あなたが実際に見たことは?」 「いえ、私も含め、教師全員ありません。生徒だけがターゲットになっているのか、ただ遭遇しないだけなのか」 「そうですか」 一言言って、ナルは開いていたファイルを閉じる。 リンへ視線を向ければ彼は頷いて、資料室へ。 そうして麻衣と安原を見やり、依頼人へ視線を移した。 「依頼をお受けします」 「ありがとうございます……っ」 頭を下げた依頼人に対し、ナルは麻衣と安原に調査の準備を命じた。 桜牧学園高等部、そこは田舎とも都会とも言えない街にありながら、生徒の数は多い。 そんな高校の特徴と言えば、桜の木。 敷地内のあらゆるところに桜が植えられており、春になればさぞ壮観だろう。 一度学園長室に案内された渋谷サイキックリサーチの面々と滝川は、学園長から教師を紹介された。 ちなみに安原は例の如く単独の調査に出掛けている。 「こちら、丹羽詠人(たんば えいと)先生です」 「どーも。丹羽です」 白衣を羽織った下にはTシャツにジャージ、いかにもやる気がなさそうな無精髭を生やした、三十代前半ほどの教師。 髪の色は少し金が混じった茶で、色が自然なところを見ると染めているのではなく地毛のようだ。 「彼は保険医をしていまして。生徒会の顧問でもあります」 丹羽は四人の顔を順番に見たあと、はあと溜め息を吐いた。 面倒な役目だ、とでも言いそうになったのを溜め息で代えたような。 「二部屋ほど用意してほしいとのことでしたので、第二会議室と宿直室を取ってあります。第二会議室は二階に、宿直室は一階にあります。この辺りはあまり生徒も通りません。食事は、家庭科室を使用していただいて結構です。学食もあるのでそちらでもよろしいかと」 「そうですか。被害に遭った生徒はわかりますか」 「私ではなんとも。目撃したり被害に遭った生徒は第二会議室へと連絡するように各担任に伝えてあります。……丹羽先生はご存知ですか?」 「生徒会長くらいしか知りませんね。声を掛ければ自分から来るんじゃないですか。目撃した生徒も誰だかわからんので」 俺は大体保健室であれの面倒見てますし、と続けると学園長は渋い顔をした。 あれと称されたのは生徒のようだが、その生徒は問題児か何かなのか。 「あれ、とは?」 「問題児というか、まあ、単なるサボりです。いや、サボリとも違うか……?サボりと具合悪いのが半々くらいだから」 首を傾げる丹羽に学園長は咳払いをし、丹羽はこれ以上はまずいと感じたようで考えるのをやめた。 |