放課後の校舎を当てもなく歩く人影がある。
スラックスのポケットに手を突っ込んで廊下を歩く様はひどく気だるげで、せっかくの端整な顔立ちが台無しだ。
最近では放課後、一人で校舎を歩いていると黒い人影に襲われるという噂が流れているが、正直彼はそんなことを微塵も気にしていなかった。
だが黒い人影に襲われたという生徒もいるのだ。
ほんの数週間前にも、三年の女生徒が放課後一人で教室に残っていて三階から転落死した。
落下場所はコンクリートの地面で、即死だったらしい。
各教室の窓の真下はコンクリートで、校庭へ行くにはそこから数段の階段を降りなければならない。
ちょうど校庭で部活をしていた生徒の数人は彼女が落下するのを目撃しており、彼女がいた場所に黒い靄のような人影を見たという。
ほんの一瞬で遭遇した状態が状態であったため、目撃した生徒の中には見間違いかもしれないと言う生徒もいる。

「瑞焔ー!」

名前を呼ばれて彼は振り返る。
ちょうど真上の踊り場で手を振っているのは友人。
生徒会の仕事で残っていた友人を待つために、帰宅部の彼は暇潰しに校舎を歩いていたのだ。
ひらひらと手を振り返し、駆け寄ってくる友人を待つ。
しかし、不意に友人の背後に影が見えた気がした。
同時に嫌な予感か身体中を駆け巡る。
もしや、と思い友人へ声を掛けようとした時、背後にあった影が動いた。

「恵!」

鋭く友人の名を呼ぶと、不穏な気配に彼も気付いたのだろう、振り返って瞠目した。
思わず立ち止まり、影から避けようと動くも影は友人にまとわりついて離れない。
このままでは友人が危険だと走り寄る。
だが彼が間に合う前に、影は友人の体を押し出して。
友人は、踊り場から踊り場へと落ちた。

「恵!!」

友人へ駆け寄って抱き起こすが、落下した時の衝撃で気を失っていた。
骨折は見当たらないが、打ち身は酷いだろう。
もしかしたら捻挫もしているかもしれない。
今の時間なら、まだぎりぎり保険医がいるはずだ。
早く友人を保健室へ、と立ち上がって、ふと視線を感じて踊り場を見上げた。
そこには影がいて、禍々しさに彼は息を呑む。
一瞬だけ、影は人の形を取って消えた。
消える直前、彼には影が笑っているように見えた。

 
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