放課後、幼馴染みを待って廊下をぶらついていた。
ふと妙な空気を感じたのは階段に差し掛かった時だ。
恵の時のことを思い出して眉を寄せるも、背後に注意しながら階段を下りていた。
半ばまできたところで感じていた空気がなくなった。
それに一瞬、気を抜いてしまったのが悪かった。
気付けば黒い影がすぐそばにいて。
腕が伸び、瑞焔の首に手が回される。
そのまま手すりに押し付けられ、手に力がこもるのを理解して抵抗した。
存外に力は強く、瑞焔が掴んでもびくともしない。
それどころか触れた場所から声が脳内に入り込んできて、身体が強張った。
大音量で悲鳴にも似た叫びが頭の中でがんがんと響く。
息も吸えず酸欠で朦朧としてきた頭に更に耳元で叫ばれているような、否、それ以上の叫び。
抵抗する力もなくなってきて、瑞焔の体が手すりを越えようとする。
そうして、やがて手すりも壁も越え、瑞焔の体は真下の階段へと叩き付けられた。
ずるずると段差を滑り落ち、踊り場で気絶している瑞焔に影はただ、ゆらりと揺らめいただけだった。



瑞焔が襲われたと報告が入ったのは、彼が襲われた直後。
場所が場所のためカメラを設置しておらず、瑞焔を探しに来た唯涼が彼が影に突き落とされるところを目撃したのだ。
そこから丹羽と恵に連絡が行き、丹羽からナルへと報告された。
落下した衝撃で気絶してはいたが外傷は奇跡的になかった。
だが念のため、病院で検査をして今日は家で安静ということになっている。
正直これはチャンスだとナルは言った。
瑞焔の様子を見に霧薙家を訪ねる口実ができたと。
霧薙家は学園からそう遠くない場所にあり、よく見る日本家屋だが規模が違った。
門の内側から離れも合わせると片道軽く十分は掛かるのではないだろうか。
門には五芒星に桜の家紋が描かれており、門の前に視線を移すとここ最近で見慣れた姿が。

「よう、奇遇だな」
「丹羽先生、なぜここに」
「生徒のお宅訪問。霧薙の様子見に来た。お前らはどうせ霧薙家に用があるんだろ」
「そうです」
「なら忠告しとくわ。この家、他人を寄せ付けも受け入れもしねえから気を付けろ。俺もできれば入りたくないんだがなあ」

金茶の髪をがしがしと掻いて溜め息を吐く。
ナルは無言で呼び鈴を押した。
それから待つこと数十秒、男性が一人、扉を開けた。
ナルの姿を見ると怪訝げに眉を寄せ、険しい目を他の面子にも向ける。
その視線にナルの代わりに安原が前に出た。
交渉が苦手なナルだ、相手を怒らせかねない。

「どちら様です」
「瑞焔くんの知り合いの者です。瑞焔くんはご在宅ですか?」
「次代は今、お体の調子が悪く床に臥せっておいでです。お引き取り願えますか」
「まあ、そう言わんでくださいよ。俺と同じで様子見に来たんですから」

端の方にいた丹羽の言葉にようやく存在に気付いたらしい、男性はわずかに瞠目すると眉を寄せながらも首肯した。

「……あなたがいらっしゃるのなら拒む理由はありません。ただ、次代にあまり無理をさせないでください」
「わかってる。案内してくれ、今日はこいつらもいる」
「はい」

こちらへ、と促す男性の後を一行は着いていく。
母屋の廊下から離れへと向かうと、離れは意外と言うべきか、想像以上に小さかった。
てっきり母屋の半分はあるのかと思っていたが、十畳ほどの部屋が三つあるだけ。
代わりに二階が存在しており、すべて合わせると広いのだろうが、部屋はすべて壁で区切られている。
離れの周りには母屋以上に木々が植えられ、ほとんど桜だ。
雨戸を閉めていないが、寒くないのだろうか。
男性が立ち止まったのは二つ目の部屋。
失礼します、と声を掛けて障子を開ける。
室内は暖房が利いていて暖かく、敷きっぱなしの布団に座りながら本を開いていた瑞焔がいた。
着流しに着物を羽織っているだけの姿に男性が眦を吊り上げる。

「瑞焔様!今日は安静にしていてくださいと言ったでしょう!」
「うるさいねえ、鍵(けん)。別に異常ないんだからいいだろ」
「よくありません。おじい様からも言われているでしょう。何かあったらどうするのですか」
「あー、はいはい。いいからそいつら中に入れろよ。あと閉めろ、寒い」

客を待たせたままだったことを思い出して、鍵と呼ばれた男性は一行を中へ。
そうして一度母屋に戻っていくのを足音で確認して、丹羽が口を開く。

「で、体調は」
「だから見ての通り。鍵とじい様、その他諸々に強要されて安静にしてると見せかけてる」
「相変わらずお前さんには過保護だな」

呆れた表情をした丹羽に瑞焔も同意する。
本当に体調もどこも悪くなく、無理矢理休まされていて逆につまらなさそうだ。
瑞焔はナルに視線を向けると「よく入れたなあ」と笑った。

「丹羽先生がおられたので」
「ああ、やっぱり。いーちゃんがいなけりゃお前ら絶対に入れないだろうしな」

何気なく返した言葉なのだろうが、本人と丹羽以外の全員が聞き返しそうになった。
学園内ではにわちゃんと呼んでいたのに今はいーちゃん。
より親しげな呼び方になっている。

「この家は排他的だからね、じい様は全然気にしないんだが。当主も俺も人付き合いしないしな」
「お前さんの場合は仕方ないだろ。保健室にいるしかないんだ。それに体弱いのも半分正解だしな」
「そこまで弱くないし昔よりましになったんだけど。……いーちゃん今日きつくないか」
「当たり前だ。あれほど注意しろって言ったのに一人で行動するわ、終いには襲われるわ。こっちがどれだけ心配したと思ってるんだ、心臓止まりかけたんだぞ、瑞焔」
「あー……ごめんなさい」

気まずそうに目を逸らし謝る瑞焔に、丹羽が再度、今度は深く溜め息を吐いた。
いーちゃんに瑞焔。
想像以上に親しく、そして互いの距離が近い。

「お二人は、どういう関係で」
「あ?ああ、幼馴染み。恵と唯涼は知らないけどな。霧薙関係者しか知らない」
「知られるわけにはいかないんだよ。今回の事件のことも」
「そう、本来ならただの怪談として処理しなければならない。が、被害が前回より少ないといっても一人死んだからな。それに恵も怪我した。怪談では収まらない」

ああ、死んだ人間も霧薙の関係者だよ、と瑞焔は続けた。
怪我だけの被害は無関係で、明確な殺意を持っている、または亡くなった者は霧薙家に深く関わっているということか。
だが恵は瑞焔が言う限り、霧薙家にはそれほど深く関わっていると思えない。

「勘違いしたんだろうな。俺が恵と唯涼に護符渡したから。あれは霧薙の家紋が入った、霧薙しか使わないやつだから」
「それはいいが、藤枝のところに現れた、瑞焔の姿をした奴の正体はわからないのか?」
「………………」

丹羽の問いに瑞焔は沈黙してしまった。
立てた片膝に腕を乗せ、紫色の片目を眇める。
足を立てた拍子に踝に付けた環が、しゃらと鳴った。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
なんと簡単に、且つ損ねる部分が分かりにくいのか。
失礼します、とタイミング良く外から声が掛かったのが救いだ。
入れ、と応じた主に障子は開いて、お茶を持ってきた鍵が部屋に入る。

「瑞焔様、おじい様がお帰りになられました」
「あーそう。来るなって言っとけ。鍵、お茶」

とんとんと畳を叩く瑞焔の前に湯のみを置き、他のメンバーにも同様にお茶を淹れる。
すべてを淹れ終えた鍵は瑞焔の隣に控え、ふと障子の方を見やる。
同時に音もなく障子が開き、初老の男性が顔を出した。


 
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