降ってくる水が白い肌を伝って湖に吸い込まれてゆく。
透き通るようなとまではいかないものの、日に焼けたら真っ赤になりそうなくらいには、とても白い。
遮るものが何もないこの場所では、真夏は本当に地獄だ。
水場だからまだいいものの、そうでなければこんなところには来ない。
滝のすぐそばは飛沫や風の関係で水が流れてくるので適度に当たって心地が好い。
暑いのは意外と平気だけれど、冷たすぎるのは苦手なのだ。
その辺りは獣としての本能かもしれない。
そろそろ体も冷えてきたので上がろうかと思案していると、足元に違和感が。
ぬるりとした、鱗のような感触はそのまま足に絡まって上ってくる。
足から腰、胸、首へとするする姿を現したのは、蛇。
正確には姿は蛇と酷似しているが、実際は水神、龍だと言われる蛟だ。
蛟すべてが水神というわけではなく、そう呼ばれるに足るにはやはりそれだけの年数と力は必須。
しかしここにも例外はあり、水神を喰べた場合は、それに成り代わる。
喰べたものが次の水神へと、交代する。
この蛟の場合は、年数と力が達しているので自然と神になった例だ。
滝川と、九尾と同じように。

「こら、人がせっかく水浴びしてんのに」
『わざわざ私のところでやらなくてもいいでしょう。私が我慢できるとでも?』
「思わないよ」

首に緩く巻き付きもたげた蛟の頭を指先で撫でてやる。
爬虫類も撫でると気持ちがいいのか、蛟はしゅるりと舌を出して目を細めた。
水音を立てながら岸に上がり、陰に置いていたタオルを手に取る。
蛟はと言えば、岸に上がると同時に地面へ飛んだ。
落下すると思いきや瞬く間に男性が一人、現れる。
右の前髪を長く伸ばした黒髪、スーツ姿であり、歳は滝川よりも多少上に見える。
大きなタオルで背中を覆う滝川を彼は後ろから、タオルごと抱き締めた。
一方はタオルで覆われているとはいえ全裸であり、もう一方はかっちりとスーツを着ている。
何とも言えない光景ができあがった。

「…………まず服を着てから話をしよう」
「私はこのままでも構いませんが」
「俺が十分構う。いくらお前の場でも、人が来ないとは限らないってわかってるよな?見られるのは本当、嫌なんだって」
「見るのは平気でしょう」
「あ、うん。見るのはね」

逆は死んでもいや、と腕から逃れようとする恋人に苦笑する。
あれだけの年数を生きていながら未だにこれなのだから、彼は可愛い。
散々人に言えないようなこともしたのに妙なところで羞恥が勝るのだ。
だからこそギャップがいいのかもしれない。

「では着替えてから、ゆっくりお話ししましょう」
「さっきからそう言ってんのに……」

深く深く溜め息を吐いて、自由になった体で滝川は着替えを再開したのだった。



「それで、彼女の方は」
「あっさりこっちの世界を受け入れたよ。能天気なのか順応性が高いのか、それとも」
「先日の件で精神的にどこか外れたのでしょうね。人間の成功例は稀ですから、比べることもできませんが」

岩場に腰掛けた滝川の隣にリンも腰を下ろす。
時代に合わせて服装も変えるようになった滝川に合わせて、リンも相応の格好をするものの、いつも少々固い。
その証拠に現代の主な服装はスーツだ。
なぜそれにしたのかと毎度問い詰めたくなるが、三度目くらいでこれがリンの性質なのだと諦めた。
スーツ姿もらしくていいなと思っているのも事実。
俺の恋人ちょうかっこういい、と整った無表情にとくりと鼓動が打つ。

「これからどうするのです」
「俺の方で預かるよ。どうも家族がいないみたいだし、成功例とはいえ元は人間だし、あのまま一人で置いとくのもなー」
「ああ、狙われる可能性もありますね」
「そー。稀だからこそな」
「……それにしても」

言葉を区切ったリンを不思議そうに見る。
蜜色の瞳がきょとりと瞬く。
垂れがちのそれは飴のようで美味しそうだ。

「あなたが女性と一緒に住むというのは、妬けますね」

日に焼けない白い頬がさっと赤くなった。
幾度なく、それこそ何百回と何千回と告げているのに不意打ちだと本当に彼は弱い。
そのたびに赤くなる頬や潤んだように見える瞳が愛しく、可愛い。

「だって今頃一緒に住むってのは、なんか」
「同居していたこともあるでしょう?」
「どんだけ前だよ」

過去に何度か同居していたこともあるが、それこそ近くて何十年も前のこと。
いや、百年近いかもしれない。
奔放に生活している滝川と違い、リンはしっかり仕事をしている。
というか、時代ごとに仕事を変えていて、それが楽しいらしい。
滝川は昔からの情報網と時々警察の仕事を手伝っているので、そこが収入源だ。
自由業と言っても過言ではない。
まるで生活リズムが合わないのに一緒に住んでもすれ違うだけで、特に今までの生活と変わらないのだけれど。
恐らくリンは、同居しているという事実が欲しいのだろう。
ここが滝川が戻る場所だという事実と安心感が欲しいのだ。
リン自身が滝川が帰る場所なのに、この男はいつまで経っても不安がる。
面倒くさいと思う反面、そういうところが可愛い。
これだからこの男からずっと離れられない。
離れたいと、思ったこともないけれど。

 
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