目が覚めたそこは、知らない天井だった。 (なんというテンプレ) 内心突っ込みつつ体を起こす。 やけに全身が気だるい上にところどころ違和感がある。 何だろうと緩慢な動作で身体をぺたぺたと触ってみれば、頭上と腰の後ろ辺りに慣れない感触。 もふもふした、そうだ、まるで動物のような。 耳は手で確認できる限り、形からして猫か犬系統か。 尻尾を前に持ってくれば太くも細くもない、栗色をした毛並み。 見慣れた外見からして猫の尻尾、ということは耳も当然猫だ。 猫耳に尻尾とは、いつの間に萌えアイテムを付けてしまったのか。 尻尾をもふもふしながら首を捻っていると、扉が開く音がした。 見やれば自分よりも色素の薄い、背の高い若い男性。 歳の頃は二十代前半辺り。 首の後ろで長髪を括っていて、麻衣と目が合うとにこりと笑った。 猫耳と尻尾には動揺した気配すらない。 「調子はどうだ?お嬢ちゃん」 耳触りのいい、テノール。 初対面のはずなのに聞き覚えのある声に、眠る、というか気絶する前の記憶が蘇ってくる。 昨夜、麻衣は人間ではなくなった。 人間を襲わないという暗黙の了解を破って襲ってきた猫又を食べ、その力を吸収した。 人間や動物が妖を食べれば力は吸収される代わりに、自らが妖になる。 ただ成功すること自体は稀で、実際は妖の血に拒否反応を起こして命を落とすことがほとんど。 猫又を食べた麻衣は、奇跡的な例で同じ猫又に。 ポピュラーな二又の尻尾を持つ猫へと。 暗闇でよく見えなかったが、彼にも獣の耳と尻尾があったはずだ。 彼の髪と同じ色の尻尾はボリュームもあり、本数も多かった。 あの特徴的な尻尾と数から連想されるのは、妖に明るくない普通の女子高生であった麻衣でもわかる。 「お狐様?」 「おー。九尾だよ」 右手で狐を作って顔の横に持ってくる。 外見からは狐っぽさもなく、何かと言われれば猫のような。 猫又は麻衣なのだけれど。 彼は冷蔵庫からいくつか何やら取り出すと、レンジの中へ。 ここで初めて部屋の様子に気付いた。 ワンルームの広々とした、仕切りのない部屋。 一見オフィスのような室内には背の低い家具しかない上に、シャワーカーテンの隙間からは浴槽が見える。 「ここって、お兄さんの家ですか?」 「おう。ちょっと事情があってな、オフィスビルのワンフロア借りてるんだ」 「へー。……あの、これどうやってしまえばいいんでしょーか」 これ、というのはもちろん猫耳と尻尾である。 彼には狐耳も尻尾もない、通常の人間の姿だ。 高校一年生なのだから学校もあるし、出しっぱなしは日常生活に支障をきたす。 「しまおうと思えばしまえるぞ。元は人間でも、今は完全に妖の血と入れ替わってるから」 あっさり言ってくれた男性の通りにやってみれば、簡単に猫耳も尻尾もなくなった。 頭と背中を触っても何もない。 人間の姿になったあとも、妖姿の時と比べて辛いだとかどちらが楽だとかそういうこともなく。 試しに一度出して引っ込めてみても何ら変わりはない。 人間じゃなくなったんだなあ、と妙なところで麻衣は実感した。 男性が用意してくれた食事を平らげて、麻衣は昨夜のことを細かく聞いた。 麻衣が妖になった瞬間だとか、血まみれになった体を彼の知り合いが洗ってくれたとか、制服は破棄されたとか。 そういえば着ている服に見覚えがないなと、やはりここで気付くところがいろいろ抜けている。 女の子らしいシャツとハーフパンツは体を洗ってくれた人からの提供らしい。 彼、滝川法生は一応二十五歳だそうだ。 一応とは何なのかよくわからないが。 お互いに簡単に自己紹介し合って話題は本題へと。 「妖って、人間とはどう違うんです?」 「そうだな、まず見た目。猫や犬、狐や天狗は妖姿になると半獣になる。もちろん完全にその獣の姿にもなれる。ただ蛇辺りは、半獣にはならないな。普段はみんな人間の姿で暮らしてるし、そっちを好む奴も多いよ」 獣と人間の姿、どちらが本性とは一概に言えない。 人間である時も獣の時も、妖であることは変わらないのだ。 そもそも獣にならないタイプもいるのだし。 ただ、当然ながら例外はある。 「力が強すぎる奴は、封印として片方を本性としてる場合もあるな」 「……お兄さんは?」 「んー、どっちだろうなあ」 なぜそこではぐらかす。 不満気に唇を尖らせる麻衣に彼は笑って、手を伸ばす。 大きな手は遠慮なく麻衣の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。 「もー何すんのさー」 「いきなり人間からジョブチェンジして不安だろう。何かあったら言いなさい。俺ができる限りのことはするから」 乱れた髪を梳くように優しく撫でる。 「出自はどうあれ、歓迎するよ。妖の世界にようこそ、お嬢ちゃん」 柔らかく色素の薄い瞳を細めて笑む彼に、麻衣は一度瞬いて、笑った。 |