novel
「今日未明、東京都内のアパートで男女二人が自殺しているのが発見されました」
つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が聞こえる。アナウンサーは淡々と、原稿を読み上げていく。どうやら自殺した男女は恋人同士のようだ。画面に映る男女の名前の下には(22)の文字。まだ若い。男女が住んでいたアパートや、近所の人たちのコメントが映し出される。しばらく見ていなかったけど、自殺だなんて……。すこし歳のいった女性が涙ぐみながら話している。
「警察は心中だと見て、調査を進める方針です。では、次のニュースです」
そこでテレビの電源は切れた。真っ黒な画面になる。切ったのは俺じゃない。ソファの上で寝ていた彼女が、消したのだ。
「なまえ、起きてたの」
「んん……今起きた」
「そ。新羅から薬貰ってきたから、ちゃんと飲みなよ。そこに置いてあるから」
彼女が座っているソファの前にあるテーブルを指す。小さな白い紙袋に入れられた薬。彼女はそれを手に取り、嫌な顔をする。いつものことだ。
「……いらない。飲みたくない」
「だめ。なまえのために貰ってきたんだ」
単なる風邪薬とか頭痛薬とか、そういうのならきっと拒否しない。彼女は薬が苦手だ、嫌いだ、っていう歳でもないし。俺が新羅から貰ってくる薬は、精神安定剤だ。
いつから彼女がこうなのかははっきりとわからない。ある日突然、穏やかで温厚な彼女が暴れ出したのだ。その時は機嫌が悪くて腹を立てているだけだと思った。けれどしばらくしてから彼女は自傷行為を繰り返すようになる。新羅に診てもらったときに、過度なストレスが原因ではないのかと言われた。それから、彼女の手の届く範囲には鋏やカッターなどは置かないようにしている。キッチンには絶対に入らせない。今は薬を飲ませているのもあり、大分落ち着いている。
「それ、ちゃんと飲んだらアイス買ってあげる」
「……アイスも薬もいらない」
ソファに座り、毛布をかぶった彼女をちらり、と見る。いつもこうだ。薬を飲もうとしない。飲まないで傷つくのは自分なのに。仕方ない。仕事を一旦中断して、彼女の座っているソファへ俺も腰掛ける。
「なまえ、これはなまえのための薬だよ。飲め」
「……ねえ臨也」
「何」
「……死んじゃおうよ」
突然何を言い出すんだ。と思ったけれど、今まで自傷行為を繰り返してきた彼女だ。不思議なことでは、ない。
「死ぬって?なまえと一緒に?」
「うん……。だって、私、こんなんだし。もうどうやって生きていけばいいのかわからないの」
「……俺はなまえが好きだよ。だから、なまえのお願いは何でも聞いてあげたいけど、まだ死にたくはないなあ」
「臨也だって、生きていくの辛いでしょ」
確かにそうだ。こんな仕事をしているし、疲れないわけじゃない。俺には心を許せるのなんて彼女しかいないし、彼女にも俺しかいない。可哀想な人間だと思う。俺も、彼女も。
「なまえ、薬飲んで。そうしたら落ち着くから。なまえは疲れているだけだよ」
「臨也だって疲れているのに。私の、私なんかの世話して、面倒くさいって思ってるでしょ。だったら死んだほうがいいよ。……さっきの、ニュースみたいに、一緒に、死んでしまおう」
やっぱり、さっきのニュース全部聞いていたんだ。
「死んだら俺と一緒にずっといられると思う?」
「……うん」
「そんなわけないだろ。死んだらお終いだよ。何もかも。それに、俺はなまえと心中する気は、今のところはないな」
「私は臨也と一緒に死にたい」
「うん。でもそれはまだ先の話だ」
彼女は泣きそうな顔をしている。泣きそうなだけで泣くことはない。だから、過度のストレスでおかしくなるんだ。俯いて毛布に顔を埋める彼女を横目で見る。テーブルに置かれた薬を、決められた量を取り、自分の口の中へ入れる。こうでもしないと、彼女は飲まないのだ。
「なまえ」
「……んん」
彼女の顔がこちらへ向いたのと同時に、口付ける。薬を飲ませるために。
「ほら、飲み込んで。ごっくん、てして」
「んん……ん……」
「はい、偉い偉い。ちゃんと飲んだね」
「臨也あ……」
「何」
「……いつか、絶対、一緒に死のうね」
「うん」
薬の効きははやく、彼女はいつも通りになる。言っていることは、いつもとは違うけど。もう泣きそうな顔もしていない。うっすらと笑っている。
俺にはまだやることがあるし、簡単には死ねないけど、そうだな。死ぬなら、彼女と一緒がいいな。そうしたら、来世はきっと幸せに溢れるだろう。俺も、なまえも。