閉鎖空間、猫屋敷 | ナノ

時刻は昼を過ぎている。俺はあたたかい布団に潜りながら、同じく布団に潜り込んでいる猫の頭を優しくなでてやった。手は動かしつつまだ新しいカレンダーをちらりと確認して、再び視線を猫へと戻した。
花子が引っ越して随分と経ったような気がしてたけど、そうか。もうすぐ1年が経つのか。ほぼ毎日のように来ていた頃はあっという間に時間が過ぎていたのに、ぱたりと来なくなってからは不思議と時間が経つのが遅く感じる。

いつもこの季節になると、2人でこたつに入ってみかんをつついたりだとか、母さんから送られてきた餅を焼いてやったりだとか、牛乳をあっためてやったりしていたけど、今年はどれもこれも全部1人でやっている。春も夏も秋も、今まで花子とやっていたことを、1人で。
まぁ、数年前と同じ状況に戻っただけですけどね。

失ってから…なんて言ったらかなり大層なことに聞こえるが、いなくなって初めて気づくとはこういうことだな、なんて、冷めきった頭で考える。率直に言うと、まぁ、さみしい。あんなちんちくりんだけど、居なかったら居ないで寂しいもので。兄弟が家を出た時も少し寂しさはあったがこんなに引きずっていただろうか。我ながら気持ち悪い。あんな小さな少女に執着するなんて、ほんとクズ。ただの変態じゃん。やっぱり花子の親が引っ越しを決めたのは正解だったね。花子の人生に悪影響しか与えないでしょこんな大人。


それにしても、冷え込む季節とはいえ今日は特に寒い。トイレと飯の時以外はもっぱら布団に篭っているのにそれでもどこか寒い。一応ストーブはつけているけど節約のため温度は少し低めに設定してあるからなのか、すきま風が入っているからなのか、はたまたその両方か…。ただ猫達が俺の周りで寝てくれるから震えるほどではないんだけど。
…………あーなんか眠いな。そういや昼寝時の時間じゃん…。猫たちも昼寝してるし、俺も寝ていいかな……いいよな……誰も怒る人なんかいねーし……。

目を瞑れば、睡魔はゆるゆるとやって来た。頭の中をからっぽにして、体の力を抜くとふわふわとした、夢なのか現実なのかわからない感覚が襲ってくる。これこれ、このなんとも言えない感覚、めっちゃきもちー………んだよな…………、








花子に会いたいという気持ちが大きすぎたのか、夢の中に花子が出てきた。なんとなくああこれ夢だなと思って、いつもみたいに接したら花子もいつもみたいに笑ってて。あーまじ夢に出てくるとか重症なヤツじゃん。いい歳した男が。情けねー。
えっ、てかこれ、まさか俺って花子のこと好きなの……?え……キッモ…………ないわ………汚点だらけの人生だったけどさぁ、こりゃナンバーワンに輝く汚点だわ。

はぁと重たいため息を吐くと、花子が駆け寄ってきて心配そうに頭を撫でてくれる。いい奴かよ。お前あと20年早く産まれてくれたら良かったのにな、って、年齢が近くてもこんな俺は相手にしてもらえないだろうけど。
くだらないことを考えている間にいつの間にやら小さな体に抱きしめられていた。小さな手が俺の背中を優しく叩く。だから、いい奴かよ。なにこれ?俺も抱きしめていい?いいよな、だって夢だし。
てか、夢なら何しても大丈夫なんじゃないの?

俺は花子をやんわりと離すと、その小さな唇に、自分のカッサカサな唇を重ねた。現実じゃ絶対無理なこと。初めてのキス。夢の中くらいならいいでしょ。
現実じゃないから、オレの今までの思い(っても、さっき気づいたんだけど)を込めてむちゃくちゃに唇を食んでやる。ふざけておそ松兄さんにやってやった時みたいに、むちゃくちゃに、俺の2分の1くらいの唇を覆うように。花子は苦しいのか、気持ち悪いのか、僕の胸をどんどんと叩いてくるけどそんなの無視。夢だからね。

一旦口を離して「鼻で息して」って言うと、花子はわけがわからない顔をしつつもこくりと頷いた。それを合図にもう1度花子の唇に噛みついてやる。夢なのに、ぶちゅ、ちゅ、じゅ、ってリアルな音が聞こえてきてすんごい興奮する。俺ってロリコンだったのか。ほんと終わってる。

俺の気が済むまでキスをしてやると、もう花子の口まわりは僕と花子のヨダレでべしょべしょだ。それをパーカーの袖で拭ってやると、花子は「んむぅ」と無邪気な声を出す。おいおい可愛いとか思ってるよ俺、こりゃ精神科行きですねなんて他人事みたいに考えていると、猫のにゃーにゃーと騒がしい鳴き声が僕の意識を現実へと浮上させようとしてくる。まじか、どうせならもうちょっと楽しみたかったんですけど。夢の中でもダメなわけね、あーはいはい。クズはもう何も致しません……。

鳴き声に導かれるようにすぅっと夢から覚めると、まぁ騒がしい。にゃーにゃー。どうした、腹でも減ったのか、と重たい瞼を開けると、目の前にさっき会っていたあいつが、俺の顔をのぞき込んでいた。え?俺夢から覚めたんじゃないの?まさかの続き?突然のことに口をぽかんと開けていると、夢の中よりも少しだけ成長した花子が、にや〜っとわっるい顔をして、笑った。

「うっふっふーびっくりした?おはよ、おじちゃん、夕方だけど」
「……え、なに?は??」
「遊びに来たよ!」
「んっ?うん……ん?」
「起きてる?えっもしかして覚えてないの…?」
「え、いや、ちがう。覚えてる。ちょっと、びっくりした」

思ったことを口に出すと、花子はまた嬉しそうに笑った。

「びっくりしてくれた?!やったー!」
「いや、なんで?え?」
「遊びに来たよ!」
「さっき聞いたし。そうじゃなくて…」
「ってかてかさむーーい!外よりはあったかいけどこの部屋寒いよー」
「えっ…ごめん…あ、入る…?」
「いいの?おじゃましまーす!」
「えまじか」

本当に布団に潜り込んできた花子に動揺するも、花子は待ってくれない。俺に背中を向ける形でもぞもぞと入ってきた花子の体は服の上からでも冷えているのがわかった。外はかなり寒かったんだろう。花子の体から冷気がでているような、そんなきがするくらいに花子が入ってきたことで布団の温もりが一瞬で消え去ってしまった。つかこいつどうやって来たわけ?これほんとに現実?なにこれ?どういう状況だよふざけんなよクソ……。

「おじちゃんあったか!ぎゅってしてー」
「ハァァァァ?!?!!!」
「うるさ!なに?!」
「ぎゅ、とか、おまえ、おっさんにそういうこと言うな!馬鹿か?!」
「なんで?お父さんの布団に入ったらぎゅってしてくれるもん」
「俺はお父さんじゃない」
「じゃあ私がしていい?」
「ばか、ほんと馬鹿!やめろ!もう出ろ!ざけんなクソ!」
「せっかく来たのに………」
「あ、いやごめん……」

え〜〜〜もうなにこれ〜〜〜むしろ夢であれ〜〜〜〜。
どうすればいいのかわからず目線をあっちやこっちに動かすがどこを見ても花子の頭が視界に入る。ほんとなにこれ……なんで同じ布団に入っちゃってるんだよ………もうちょっとこう、危機感を持てよなんだお父さんって理解不能だわ。あーもー小4に危機感持てって言っても、わかるわけねーしなあ………。

「…迷惑だった?」
「は…?べつに、てか、今更…」
「私が来て嬉しい?」
「…は…?」

な、なんだこの会話…こいつほんとに小4か…???

「あのね、おじちゃんちに行くまでの電車とか頑張って調べたんだよーあ、もちろんお母さんには内緒だけど」
「おまっまた内緒で……」
「えへへーもう行き方マスターしたから、いつでも来れるよ!」

もぞもぞと動いて顔と体をこっちに向けた花子が、ブイサインをキメてくる。そんな無邪気に笑われちゃ怒る気も失せる。あーあ、こいつ、ほんと馬鹿だな。親の言う事きいておとなしくしとけばいいものを、自分からのこのことやってくるんだから。

「…花子さぁ、寒かったでしょ。こんな日に来なくてもいいじゃん」
「いやーおじちゃんとこたつでぬくぬくしてた思い出が私を動かした!」
「なにそれ」
「おじちゃんと布団でぬくぬくの思い出を更新!」

は?と思っていると、にっと笑った花子が器用にもズリズリと俺の方へ近づいて来て、そのまま俺の胸の中に収まった。ばっ………かじゃねーのか、

「あったかい………」
「っはぁ…………」

あーもー知らん。ちょっとは怖い思いすればいいんだ、こいつも。じゃないとわからないんだろ。
もういいや。俺のやばいスイッチを押したの、お前だから。