閉鎖空間、猫屋敷 | ナノ

小学校3年生にもなると、あんなにちんちくりんだったガキンチョも少しづつだがお姉さんぽさが滲み出てくるようになった。といってもまぁまだまだちんちくりんだが、うんこやちんこに忙しい坊主どものことを「男子ってほんと子供っぽい」と鼻を鳴らしていたのだから女の子というのは、やはり精神的に少し大人なのかもしれない。

そんな少しだけ成長した花子と、なんと今ドライブへ出掛けている。なんでそんなことになってんのかって?知らねーよ………。
ことの発端は…そうだな、最近は2人で近所を歩くことが何度かあって……それは猫の餌を買いにだったり、花子のお菓子を買いに行ったりとか…ちょっとした買い物だ。
まあ…でもさぁ、なんというか、そんなことしてるとコソコソとされるんですよね。いや別に俺何もしてねーし。むしろこいつが勝手に来るんだし。心の中で抗議をしつつ、スーパーやコンビニにでかけたりしていたわけだけど、ついにそれが花子の母の耳にまで入ったようで花子は母の雷を受けることになったのだ。
それからというもの花子はパッタリと来なくなった。なんでも母に監視されていたらしい。ああ静かだなあなんてのんびりと過ごしていたわけだけど、その日は急にやって来た。雷から1か月後にその監視の目を掻い潜って現れた花子は俺に一言「車でどっかいこ!」と鼻息荒くそう言った。いや急。計画性ゼロ。もちろん俺の答えはNO。そんなことしたらまじで誘拐犯だと思われるし。だがそんなんで諦める花子じゃあなかった。

「お願い!!家出するの!手伝って!」
「なおさら無理だから…帰れよ…」
「なんで?!おじちゃん私のこと嫌い?」
「え〜……コワ…小三でそんなこと言うのかよ……家出の手伝いとかしたら俺が捕まるじゃん」
「えっ?!そ、そうなの……?!」

目ん玉がこぼれそうなほど目を見開いた花子は、うーんとした唇を尖らせたあと、「そっかぁ…」と肩を落とす。

「おじちゃんが捕まるのはやだな…」
「うん、だから家に帰ったら?」
「なんで帰れとか言うの?」
「花子が母さんに怒られるからだよ」
「怒られないよ……」
「嘘つかない」
「嘘じゃないもん」
「なんで嘘じゃないの」
「…嘘じゃないもん」
「俺は花子が母さんに怒られるの嫌だ」
「だから、怒られない!」

こんなやりとりが30分ほど続いた気がする。

「ったく……30分だけだぞ」
「っほんと?!?おじちゃんありがとぉ!」

……結局折れたのは俺だ。つくづくこの少女に弱いなぁと思いつつ、重い腰を上げて2人で玄関に向かった。
……車で出かけるにあたって花子と決めた約束事がいくつかある。速攻で決めた簡易的な約束事だが……その1、後部座席に隠れて乗る。その2、絶対30分で帰る。その3、秘密にするなら徹底的に。なんだか本当に悪いことをするような気分だが、これも全部、ぜーーんぶ花子のせいだ。うん。俺は悪くない。




……というわけで、10分ほど車を走らせた俺達は小さな山の方へやって来た。人気もなくなったところで花子に「出てきていいよ」と声をかけてやる。

「……わあ!!おじちゃん!すっごい綺麗!!こうよーだ!」

後部座席できゃっきゃっとはしゃぐ花子に、ほんの少し口元が緩むのを感じる。紅葉でこんなに喜んでくれるなんて安いヤツ。

こんなに喜んでくれるなら色んなところへ連れてってやりたい気持ちもあるが、まあ実際は無理だな…俺がもっとマシな人間なら許されただろうか。

「……あのねー…おじちゃん。私、引っ越すのー」

突然の報告に、一瞬言葉に詰まる。

「……へぇ」
「おじちゃん寂しくなるね」
「寂しくねーわ」
「嘘だー」

ひっ、こし。か。そらまた突然なことで。どうせ不審者の家に行かないようにとか、そんなんなんだろ……。つーか母親の行動力スゲーな……。そんな心配しなくても、このゴミクズは大事な娘さんに変なことしませんよ。

「私はさみしい。もうおじちゃんちに行けなくなるの、すっごい寂しいー」
「ふーん……」
「家族みたいだったのになー」
「家族って」

花子の言葉につい鼻で笑ってしまう。
家族ってなに?俺は花子の何ポジションだよ…。

「もう会えないのかなー」

そうか、俺達はもう会えないのか。
俺から会いに行くなんてできないだろうし、距離が距離なら花子だってもう来ることはできない。

「どこら辺なの」
「わかんない…遠くだって。」
「…そっか、」

ため息が出る。
俺のせいで花子は慣れ親しんだ土地を離れて、仲良くなった友達とも離れないといけなくなった。新しい土地で、新しい学校で花子はうまくやっていけるんだろうか。まぁ、花子のことだからそれはなんとかなるだろうけど、花子が1度築いたものを俺が壊してしまったことには変わりない。

…………あー情けな……。
俺がもっと、花子を拒んでたらこんなことにはならなかったんだろうな。