閉鎖空間、猫屋敷 | ナノ

2月12日、ある日曜日のこと。花子が両手にビニール袋を引っさげてやってきた。なんだそれ。という問いかけに「チョコ作るの!キッチン貸してー!」と俺の顔も見ずに台所へ一直線に向かった花子に、ああ…と頷く。
そういえば近所のスーパーもコンビニもこの時期はやたらとピンクピンクしている。花子もそんなことするんだなとぼんやり思いながらのそりと立ち上がり、花子の後を追って台所へ向かう。

「火使うの?」
「使わない。オーブン使うよ。…これオーブン機能ついてる?」
「使ったことないからわからん」

えぇ〜と不満げな声を漏らしながら、食器棚の中央に置かれた電子レンジを開け閉めする花子を細目で見やる。
…でかくなかったなあ。

「あ、鉄板あった!やったー!じゃあ作るか……あ、おじちゃんは見ないで!あっち行ってて!」
「なんで」
「見られると緊張するじゃん」
「何それ、なにつくんの」
「内緒ですぅ」
「材料すげえあるし」
「友チョコあげるねって約束したの」
「ふぅん。大変ですね」
「だから集中したいの!さ!あっちいって!!」

俺んちの台所なのに…。ま、別にいいけど。花子に背中を押されるようにして台所を後にした俺は元の定位置へと腰をおろした。


……花子が引っ越してからはじまった俺と花子の奇妙な関係は、今現在も続いている。慣れって怖いよね。数年も経てば当たり前のことになるんだから。俺ももう怖いとか不安な気持ちはなくなってしまって、ただただ好きな女と、そういうことをしたいという気持ちでことに及んでいる。花子も花子で全く抵抗することがないからつい調子に乗っちゃうんですよクズな僕はね。まぁ最近酷くなってきたマウンティング行為については花子側からするとくすぐったいらしく、あまりいい顔はしないけど。ちょっとムスッとするんだよな。反抗期か?

目線を合わせることなく「そのくすぐったいの、やだ」と言われると逆に加虐心がムクムクと湧いてきて腰に力が入るんだけど、俺があんまり調子に乗ると最近は腕を噛んでくるようになった。これが結構痛い。花子なりの精一杯の抵抗なんだろうけど、まあ俺からしたらありがとうございますって感じなわけで……。
むしろ噛んで欲しくてやってたりするんけど……花子にはとてもじゃないけど言えない、僕の最近の秘密だ。
花子もとんだド変態に捕まってかわいそうだよね。抵抗したくてもできないんだから。花子は優しいのだ。俺が捕まることも、俺の心が傷つくこともしてこない。そんな花子に僕は完全に甘えきっている。情けないよね、小学生の女の子に。

ほーんと、この関係がいつまでも続くわけないのにね。







数時間かけて出来上がったチョコパイを袋詰めにした花子は、その中の一つを俺にくれた。「どうせ私からしか貰えないんだから」と生意気な台詞と共に。うるせえ毎年松代から来るわと思いつつ、まぁ一応、ありがたく受け取った。

味はまぁ、チョコパイだ。普通に上手い。どうやって作ったのか聞くと、冷凍のパイシートにチョコをくるんただけのお手軽レシピだと言う。それにしては作るの遅かったね、と馬鹿にすると、俺をキッと睨みつけた花子が「もうあげない!」と頬を膨らませる。かわいいヤツ。ふぐみたいな顔になった花子の頬を、片手でむぎゅっと潰してやると、今度はタコになる。「ひゃめて」というその口にチョコパイを一つ詰めてやると焦ったように手足をバタバタとさせるので、俺はヒーヒー笑いながら、花子の口に挟まれたチョコパイをぱくりと食べた。

「おぶッ?!」

花子の焦った顔が面白すぎる。唇には触れてないからセーフだろ…いや今更セーフもアウトもねぇけど。

「…ごちそーさま」

べ、と俺が意地悪に舌を出すと、唇を噛んで震える花子にかなりの強さで肩パンされて呻き声が漏れる。
ちょっとおじさんには辛いパンチでした。









というバレンタインから1ヶ月が過ぎて、早くもホワイトデーがきた。一応お返しでも買っておいてやるかと今まで縁もなかったホワイトデーコーナーをうろついていると、視界の端にランドセルコーナーが見えて、ふとそちらに目を向ける。

[新入生おめでとう!]の文字にそういえば花子はもう中学生になるんだなと感慨深くなる。卒業かぁ……そういえばバレンタインからうちに来てないな。卒業式の練習やら入学準備で忙しいのかもしれない。あぁそうだ、卒業祝と入学祝もなんか用意しておいてやろうかな。節目だもんなぁ…うん、そうしてやろ…。
1人頷いてホワイトデーコーナーを離れた俺は雑貨屋へ向かう。でも何買えばいいんだ。中学生って何喜ぶわけ……?物より金のほうが…??うっ頭が…。



あれでもないそれでもないと数時間雑貨屋をうろつき、頭を悩ませて選んだプレゼントとホワイトデーのチョコ。
それらをぶら下げて帰路についた俺の家に……その後、花子が来ることはなかった。