夜明けは見えたかい、朝になるよ | ナノ
「おはよう、守」ぱちりと目を開けばそこは何もない世界だった。乳白色の世界は、どこまでも広がっていた。何もない。朝も、昼も、夜も、星も。筋が強張って痛みと熱を持った首を動かすと、目の前に一人の少年が立っていた。燃えるような赤い髪がさらりと靡く。守は首を傾げた。さて、彼は誰だっただろうか。記憶がなくなったわけではない。ただ、何故かは分からないが、自分の名を呼ぶ目の前の少年のことは何も覚えていなかった。いや、知らなかった。少年の濃緑の瞳はきらきらと輝いていた。背筋を伸ばして、毅然と、しかし柔和な表情でこちらを見ている。かつり、靴が鳴った。上も下も、右も左も、前も後ろもわからない真っ白な世界で、その靴音だけが守に確かな生の感覚を与えた。「大丈夫」血色の悪い手が守に伸ばされる。ぴり、と頭の中が微かに痛む。なにか忘れているような、なにか……。守が後ずさる。靴音は、しなかった。目の前の少年が微笑む。「君が、俺のことを忘れても」その笑みは獲物を捕らえた蛇のようであった。しかし、寂しさを堪えられない、兎のようでもあった。守は薄く開いた唇からふ、と息を吐く。彼のことを思い出さなければならないと感じた。一生思い出したくないとも感じた。頭痛が増す、反面、彼の微笑みを見ると心は穏やかになった。伸ばされた指先が、守の掌に触れる。熱い。でも冷たい。記憶と感覚が混濁する。掌に少年の爪がぎり、と食い込んだ。痛みはなく、ただ、何か暖かいものが心を満たしていった。
「おれは、守のことだけは、わすれないから」

ぱちん なにかが弾けた

(思い出したのは、俺だけが15になる春を迎えてしまったということだけ)