踊ろ2 | ナノ

「ディラン、何してるんだ」
「マーク!ちょっとこっちにおいでよ!」
ディラン、マークと互いに呼び合った少年はがさがさと音を立てながら草根を掻き分けた。少年、いや、そろそろ青年とも呼ぶべき容姿をしているだろうか。肌の色は黄色味が少なく、また髪はまるで金糸のように煌めいており、日本人のそれとは違う。
彼ら二人は米人だった。細かく言えば、米兵だった。野営地から抜け出しこの辺りを散策していたのだ。その手には小銃やナイフが握られている。

ディランと呼ばれた青年の緊張感の薄さやその声の大きさは軍人と言うべきものではない。目元は僅かな青みを持った黒いアイガードに隠れ見えないが、白い歯を見せ軽快な笑みを浮かべていた。反面、マークと呼ばれた青年は硬い表情と吊り上がった目元が印象的だった。口元も硬く引き締められ、ピリピリとした気を発してている。
「ホラ、見て!ジャパンの少年兵だよ!」
ディランが指をさす先には、二人の少年が草陰に隠れるようにして座っていた。一方は長い髪を上の方で結った少年、もう一方はバンダナからひょこりと飛び出す癖毛のようなものが特徴の髪の短い少年だ。
明かりの無いこの場で、常人なら二人の姿を確認することはできない。しかしマークとディランは特別夜目が利いた。

「ワオ!見てよ!」
「ディラン、静かに」
「むぐぐ!」
二人の視線の先の少年は、抱き合い唇を合わせていた。髪の長い方が少女かとも思えたが、しかしその服装は日本兵の軍服であり、体つきも発展途上の少年のものだった。
自分達より年若き少年が接吻をしている姿に興奮したディランは思わず大声を上げる。マークは慌ててディランの口を手のひらで塞いだが、幸い草陰の向こうの少年達には気付かれていないようだ。しかし、夢中になり唇を合わせているその姿にマークも少なからず何かを感じ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
力の緩んだその隙にディランがマークの手から抜け出し、ミーはちっちゃくて髪の短い子の方が好みだなぁ、と呟いた。



一方、風丸と円堂は二人の米兵の存在に気付くこともなくその場を離れた。草陰に座っていた時間はものの5分程度であるためあまり急ぐ必要もないが、二人は小走りで道を進んだ。やはりまだ子供とも言える歳の者が命を狙われる可能性のある夜道を歩くのは恐ろしいのだ。一人でいるときの比ではないのだが。
「いっ、つ…」
「円堂?」
水桶を持った円堂が不意に立ち止まる。敵に見つかれば殺される可能性のあるこの場で動きを止めた円堂を不審に思った風丸は、様子を窺うように円堂の顔を覗き込んだ。
円堂は眉をひそめながら手を抑えている。風丸が円堂の手を掴みその指先を自分の目に近付け、月光のみで状況を把握しようとした。深爪したそこからは僅かに血が滲んでいて、見るからに痛々しい。円堂は爪の痛みに耐えつつも風丸から目を背けた。危惧していた事態に言い訳は浮かばない。風丸からの叱責を甘受しようと目を瞑り黙り込むも、風丸は動かない。
恐る恐る瞼を押し上げ風丸を見上げると、目を見開いていた風丸は弾かれたように円堂の手を離し歩きだした。その手には水桶が抱えられている。円堂は風丸の優しさに感謝しつつも、彼の様子に首を傾げた。先を行く風丸の表情は窺えないが、その歩幅は先ほどよりも広かった。
円堂は音を立てないよう注意しながら小走りでその背を追う。しかしやはり、彼の顔を見ることは叶わなかった。


その晩、風丸は寝静まった壕内で一人目を開き天井を仰いでいた。隣からは円堂の寝息が聞こえる。今日は、二人の指先は触れていない。寂しい温度に落ち着かない風丸であったが、彼の心を支配していたのは水汲みの帰り道での記憶だった。
(円堂の、血が)
頭が爆発するかのような錯覚に捕らわれる。目が冴えて仕方がない。寝返りを打っても、心も身体もざわざわとして落ち着かなかった。
(えんどう、の、)
風丸ははっと息を飲んだ。そして、気付いてしまった。自分の股間の膨らみに。

外はひどい雨だった。