supernova | ナノ
ジェネシス戦前夜あたりのグラ円



翌日にエイリア学園のマスターランクであるザ・ジェネシスとの戦いを控えた円堂は、とある少年を待っていた。
「やあ、守」
イナズマキャラバンの上でぼんやりとしてあぐらをかいて座っていた円堂は、背後からかかった声に反応し、後ろを振り返った。声の主は予想通りの少年で、月の光がその青白い肌を照らしていた。円堂はその姿を確認するが、いつもの活発そうな笑顔は浮かべず、静かに答える。
「ずっと待ってたんだぞ、ヒロト」

その日の円堂は精神的に参っていた。理由は簡単だ。明日のジェネシスとの戦い。それが円堂の心をひどく押しつぶしていた。
グランと円堂は恋仲にある。
出会って間もない二人ではあったが、円堂は"ヒロト"の必死のアプローチに応えた。そういったことに疎い円堂でも"ヒロト"の真っ直ぐな心には心を打たれるものがあると感じた。
"ヒロト"がザ・ジェネシスのキャプテンであると知ってしまってからも、グランは円堂に会いに来た。例え関係は変わっても、気持ちは変わらない。そう伝えられた円堂もまた、グランを嫌うことはできなかった。
それからも二人は恋人同士であった。周囲に悟られないように振る舞うことは円堂にとってとても難しいことであったが、今まで気付かれることなくやってきた。
しかし明日はついに決戦だ。どちらが勝っても、もう会うことは困難となるだろう。


キャラバンから降りた円堂はグランと共に少し歩いて、小さな公園へと出た。電灯の明かりは薄暗いが、どうやら周囲は見える。
ぽつぽつと置かれている遊具や狭い砂場。小ぶりなすべり台やジャングルジムを通り過ぎて、二人は無言でブランコの前に立つ。鎖は錆びで所々茶色く変色していて、座板も古めかしい鉄製のものだ。
グランはふたつ並んだそれの片方に座る。円堂は相変わらず言葉を発しないままで立っていた。
「おいで」
優しく言えば、ふてくされたような顔をしてどすんと横のブランコに座る。しばらくの沈黙が続く。若干の気まずさはあったが、両者にとってそれは心地の良いものだった。冷たい夜風と木々の騒ぐ音が体にしみた。
幾分か円堂の表情が和らいだところで、グランは口を開いた。
「守、俺の話を聞いてほしいんだ」
円堂の瞳を見つめて、穏やかに話す。円堂がこくりと一度顔を縦に振れば、グランは顔を前に戻し、静かな声で語りだした。


「好きなんだ。初めて会ったときから、ずっと。きみと話している時はね、エイリア学園のことなんて忘れられたんだ。きみだけなんだ。俺が初めて愛した人が守なんだ。前までずっと大事なのは父さんだけだったけど、今は違う。守がなにより大事なんだ。離れたくない。今日で終わりなんていやだ。守の傍に、隣にいたい。ごめんね、重いよね、でも、それでも愛しいるんだ」
一息にそう言い、話す最中だんだんと俯いて行ってしまった顔を上げた。円堂が何も言わないことが気になり、隣に顔を向ける。
円堂は、先ほどの自分と同じように顔を俯かせていた。薄暗くてはっきりと確認はできないが、どうやら顔を赤くしているようだった。グランが自分を見つめていることに気付いた円堂は、蚊の鳴くような声で言う。
「ひ、ヒロト……」
「ん?」
「愛してる」
頬を染めたままそう言い切った円堂を見たグランは、胸に愛しさが募るのを感じた。しかし、いつもの円堂なら言わないその言葉は、少なからずグランの心を重くさせた。
グランがフラフラとブランコから立ち上がり、座ったままの円堂の前に立つ。少し体を揺らしていた円堂は、グランを見上げた。キィキィと錆びた鎖の軋む音が耳に付いた。
「ヒロト?」
依然黙ったままのグランを不思議そうに見上げると、グランの頬に伝うものが見えた。円堂がグランの涙を見るのは初めてのことだった。すすり上げることすらなくただただ涙を流すグランに、円堂は胸が締め付けられるような思いになる。
風が止み無音になった世界で、二人が黙然と見つめ合う。
グランが身を屈めて顔を近づけてくる。円堂は自分の頬が濡れるのを感じながら、静かに目を閉じた。


ぴちゃぴちゃと夜空に水音が響く。
「は、んん……ぁ、」
円堂は吐息をこぼしながらグランから顔を離した。いままで二人で会っていた時とは違い逆立った赤い髪を、優しく撫でる。
その優しい手つきにグランはたまらず円堂を胸に強く抱き、その首元に顔をうずめた。
「守、愛しているんだ、守、守……」
そう呟く声はひどく窮愁と悲哀を帯びている。円堂はグランの吐息を首元に感じつつ、空を仰いだ。上空には点々と星が輝いている。ひときわ明るく輝く光が見える。supernova、超新星。おおきな星が死ぬときに強く、短く光を放つこと。そう"ヒロト"に教わったことを思い出した。


暫くそうしたまま、どちらともなく体を離す。そのころにはどちらも涙は止まっていた。お互いの顔を見合わせ、目が赤いなどといい笑い合う。僅かな電灯の光では見えるはずもないことであったが、様々なことを誤魔化すように二人は笑っていた。
しかしそれも長くは続かない。笑い声がやめばまた周囲はしんと静まり返る。
「守」
グランは幾度となく呼んだその名をまた言う。円堂の表情はひどく曇っていて、グランはそれがたまらなく苦しかった。
「基山ヒロトはもういないんだよ」
「ヒロ、」
「おやすみ、守。じゃあね」
有無を言わせない様子でグランは円堂からに背を向け歩きだす。円堂はそれを追うことはなかった。グランの気持ちを汲み取らなければならなかったのだ。明日からは自分の気持ちに嘘をついてゆかねばらならいことをわかっていた。
円堂は小さくなってゆくグランの背を見つめて、ひとり呟いた。
「またな、ヒロト」



グランは"基山ヒロト"を殺すことで円堂と決別することに決めていた。円堂守を愛していたのは基山ヒロトでありジェネシスのキャプテン、グランではない。しかし情を捨てることができなかった。
(グランの格好で守を愛することはないと思って、ここに来たのにな)
グランは振り返り、円堂の姿が完全に見えなくなったことを確認して、空を仰ぐ。もう涙は出なかった。
(恒星のように輝いて死ねるのならきっと"オレ"は寂しくないだろう)





自分の心を殺したヒロトと諦めるつもりはない円堂