それはそれは青い | ナノ
円堂が好きだ。不動明王は、そのことを断じて認めようとしなかった。とはいえ毎晩一人になり考えることはその日一日円堂と交わした会話のことばかりだ。今日は何を話せた、今日はあまり喋れなかった。そんなことに一喜一憂している不動は確実に、円堂守に恋心を抱いていた。
今日も今日とて不動の思考は、深く深く落ちる。


「お前さあ、そんなにサッカーばっかりやってて将来プロにでもなりたいわけ?」
練習時間外にひとり、タイヤを相手に特訓をしていた円堂を影から覗いていた不動はついに見かねて円堂に近づきながら声をかけた。力強くタイヤを受け止め、なんだ、いたのかと振り返ったその笑顔を不動は半目で眺める。
ライオコット島の強い日が二人を照らす。もう日は傾き始めて、空は赤らんでいた。ハードな練習でかいた汗ももうこの時間になれば乾いていて、べたべたとした感覚だけが肌に纏わりついている。しかし、今となってはサッカーを心から楽しんでいる不動は、その乾いた汗すら愛おしかった。
「不動、どうしたんだ?」
「…別に」
駆け寄ってくる円堂に野性的な精悍さと小動物のような愛嬌を感じとった不動は、平素な顔をしつつもどきりと心臓を跳ねさせた。

円堂はよく人に好かれる。それが恋愛感情でないにしても、男からも女からも正の感情を抱かれることが人並み以上に多いのだ。その一因にあるのが、その小さな身体に秘められた、人々を包み込む力強い優しさだ。
不動はその、所謂ギャップもやはり好ましく思っていた。…とはいえ、円堂は不動より十分なほどに身長も高ければ体格も良いのだが。
不動はそれとは対極に当たる。そのひねくれた性格は他人からの反感を買うばかりであった。不動は自身が敬遠される性格であることは自覚していたが、それをどうにかしようとする気は起こしていなかった。

不動の目の前でニコニコと笑いながら首を傾げている円堂は、不動の真意まで汲み取る。不動の求めている言葉を与えてくれるのだ。無償の愛、アガペーのようなものを感じる、などと考えてしまった不動は、恥ずかしさを誤魔化すようにはあと大きく息をつきがしがしと頭を掻いた。
「ちったあ休んだほうがいいんじゃねーの」
「ありがとな、でも俺は大丈夫だぞ!」
円堂の快活な笑顔を横目に見た不動は、自分たちのすぐそばから大きく広がる海に体を向けた。
「………」
今度は円堂が黙り込んだ不動の顔を見る番だった。しかし一瞬、不思議そうな顔をした後にふと何かに気付いたようにして、不動と同じ所作で海へと体を向けた。

ふたりは、無言だった。無言で、揺らぐ海面を、打ち寄せる波を、眺めていた。
不動は気恥ずかしさやらなにやらが織り交ざった複雑な心持ちだった。しかし円堂の隣にいれば、何も言わずとも円堂が自分の心の全てを優しく包んでくれるような、そして浄化してくれるような、不思議な気分になった。こんなところを鬼道や佐久間に見られれば恐らく鼻で笑われるだろう、まるで思春期そのものではないかと。
円堂は戸惑いを感じると同時に、不動が会話を求めていないということを聡く感じ取っていた。ただただ黙って碧い海を見る。赤い陽が反射してきらきらと光る様子を見ていると、心の奥底から何かがこみ上げてくるような気がした。

ふたりは、この波音だけの世界が、ただ心地よかった。

不動はなんとなく、海を見つめる円堂の横顔を見遣った。
どきり。不動は自身の心臓の音を聞いた。円堂のその表情の大人びたこと。普段の所謂サッカー馬鹿である円堂からは想像もつかない顔だった。
円堂との距離は若干1メートルといったところだろうか。不動はじりりと砂を踏み、円堂に近付いた。80センチ、60センチ、40センチ、
(そうだ、それで、円堂の、におい、が、)



コンコン、と部屋のドアをノックする音で不動は現実へと引き戻された。勢いよく起き上った不動はドアを凝視する。心臓がばくばくと鳴り全身から冷や汗が噴き出した。今日の円堂との思い出は濃かった、そのため不動の意識は深くまで落ち過ぎていたのだ。悪く言えば、妄想が過ぎた、とでも言うのだろうか。
「不動、円堂だけど、いいか?」
ドアの向こうから聞こえた声はイナズマジャパンのキャプテンであり、不動明王の想い人である円堂守のものだった。不動は少々上ずった声でおう、と答え、電気を点けると内側からノブを引いた。

青いような、しかしどことなく赤いようなよくわからない顔色をした不動を見た円堂は僅かばかり首を傾げ、不動の部屋へと足を踏み入れた。
「さっきのことなんだけどさ」
「さっきの…?」
適当に椅子に腰を落ち着けた円堂は、寝てなかったか、と不動を気遣う発言をした後、本題へと入るように姿勢を正した。不動はと言えば至極真面目な顔をした円堂の言っていることを理解していなかった。ベッドに腰を下ろしオウム返しのように聞けば、円堂は「ああ、さっきの」と同じことを繰り返した。
「俺、プロになりたいとか、そういうことはまだ全然考えてないんだ」
不動は記憶の糸を辿り、ようやく円堂が言わんとしていることに思い当たる節があることに気が付いた。夕方、不動が円堂に声をかけたときに深い意味もなく投げかけた言葉だった。

「今、みんなとサッカーできればいいかなって。将来どうこうじゃなくて、今を楽しんでるだけなんだ」
「……へぇ」
「な、なんだよその顔…!まあ、俺はイナズマジャパンのメンバーと世界一になる!」
「…そりゃご苦労なこった」

意気揚々と声を上げた円堂に、不動はなんとなく眠たくなった。面と向かって円堂らしさをぶつけられると、どうすれば良いのかがわからなくなるのだ。逃げるように半眼で円堂の額を覆っているオレンジのバンダナを眺めていると、でも、と小さく呟かれた言葉に意識を持って行かれた。
「でも、ずっとみんなとサッカーしたいっていうのが俺の夢かなぁ」
どこかせつなげな表情に、不動は目を見開いた。それは不動の初めて見る顔だった。不動の感情が波打つ。まるで荒れた大海原のように、激しく、力強く。
手を握りたい。抱きしめたい。そんな想いが脳を支配して、不動は喉仏を上下させながらごくりと生唾を飲み込んだ。ベッドから立ち上がり、一歩、また一歩と円堂に近付く。
「えん、どう、俺は…、」
いつもの表情に戻った円堂は、不動をきょとんとして見上げた。不動は額から汗が伝って、赤い顔をしていた。
「おれ、は……、」

やはり不動は、円堂に恋をしていた。





私の中の青春=甘酸っぱい恋の思い出と海です…青春っぽいっていうか思春期っぽい内容な気がしますけど…せ、青春って何、私経験してないからわからない…><とあたふたしております、どうも山崎です!
不→円で青春っぽいものということで、いかがでしたでしょうか。こればかりは言い訳できないレベルにリクエストから逸れていると思っていますすみません…!誰か私に青春を教えて…!とりあえず青い不動くんを目指しました。
というわけで唯木様、リクエストありがとうございました!失礼します!