「いいなぁ、ヒロトは」 「なにがだい?」 雷門中の一角、イナズマジャパンのアジア予選合宿所。ここ数日、俺はヒロトの部屋に入り浸っていた。ごろごろとベッドに寝転び、望遠鏡で窓の外の星を覗いているヒロトを見上げる。 「……キャプテンとしてもっとみんなと関わらないといけないからさ、緑川とももっと話がしたいんだ」 ヒロトの横顔は美しい。人目を引く紅の髪や切れ長の翡翠の瞳。女子が黄色い悲鳴を上げるに違いない整った顔立ちだ。俺はヒロトが星に夢中なのをいいことに、まじまじとその横顔を見つめていた。 「…ことわざでも教わりに行けば喜んで教授してくれるんじゃないかい」 ヒロトにしては珍しく投げやりな返答だ。緊張で脈拍が速くなり冷や汗が全身から噴き出す。俺は嘘が得意ではないけれど、ヒロトと話をする時は自分の心を偽っていた。 「……いいなぁ」 ヒロトに聞こえないほどに小さな声で、もう一度呟いた。その言葉には、疑心と嫉妬がちらちらと見え隠れしていることを自覚した。 俺の興味は緑川に向いていた。正しくは恋をしていた。少し前までは憎悪に近い感情を抱いていた相手に、だ。 最初はただ己の力不足に悩む緑川の力になりたいと考えていた。そのうちそのことをを気にするあまり、緑川のことばかりを考えるようになった。あいつの助けになるためにはどうしたらいいだろう。それが全ての始まりだった。いつからか、緑川の好きなもの、嫌いなもの、趣味、全てが気になるようになっていたのだ。 今では緑川を見るだけで心拍数が上がるほどだ。それは初恋だった。 だからこそ、俺はヒロトに嫉妬をしていた。自分は緑川にどう接すれば良いのかすらわからないのに、いつも一緒にいるこいつに。 自身がヒロトの部屋に入り浸るようになるまで、ヒロトの部屋にはいつも緑川が訪れていたことを知っている。いつからか膨らんだ疑心。 (だっておかしい。たとえずっと昔から仲がよかったとしてもあんなにべったりずっと一緒にいるなんて) 幼い恋心を抱いた俺の憶測は想像するだけでも涙が浮かぶようなものだった。ヒロトの隣で楽しそうにしている緑川が嫌で、緑川の隣で優しい笑みを浮かべるヒロトが嫌いで。どうしようもなくひねくれた自分に対する嫌悪感で幾度眠れぬ夜を過ごしただろうか、それほどまでにこの胸には緑川を慕う気持ちが秘められていた。 仰向けになりヒロトから視線を外した俺は、ついに堪えられなくなりヒロトに問い掛けた。 「ヒロトと緑川って本当にただの友達なのか?」 「……、もちろんだよ」 やはり、と思った。ヒロトの一瞬の沈黙は自分の問いへの明確な答えを出したのだ。俺は頭の中がぐちゃぐちゃになってゆくのを感じた。自分の初恋が砕け散ると共に、心も砕け散る感覚。零れ落ちそうになる涙を堪えた俺は、寝返りをうつようにしてヒロトに背を向けた。 「円堂くん、俺のことだけは信じてね」 ヒロトの視線を感じたが、俺はヒロトの顔を見ることはできなかった。 (悔しさを吐いた) |