それでも親友でしょう | ナノ
昔から風丸のことをかわいいと思っていた。風丸は可愛いだとか綺麗だとか言われるのが大嫌いだったから、口にしたことはなかった。風丸が嫌がることを考えているという事実に自己嫌悪したこともあった。でも、可愛いと思っていた。
幼かった自分が風丸に抱いていた感情はただの親友かつ幼なじみとしてのもののようでもあったし、女の子に対して抱くそれのようでもあった。そしていつしか、俺の風丸への想いは恋心というかたちで完成してしまったのだった。



「あれ?」
下校中、俺は風丸と並んで歩いていた。会話の途中に風丸に顔を向けると、あることに気が付いた。
(風丸の身長、俺より高い?)
小学生のころはむしろ俺の方が高かった記憶がある。いつの間に抜かされてしまったのだろう。風丸だって男だ。いつまでもかわいいままではない。俺は気づいてしまった事実に今更ながら愕然として、足を止めてしまった。
背後の夕日が背中を照らし、足元に長い影をつくる。風丸は黙って足を止めた俺に気付き、振り返った。あまりに眩しいらしく、目を細めて訝しげに言う。
「円堂?」
俺はすぐにはっとした。当たり前だ。風丸はあんな容姿をしてこそいるが、男なのだ。ショックを受けている場合ではない。
「な、なんでもない!」
顔を上げて、風丸に追い付くように走る。努めて明るく言ったつもりだった。
「なんでもなくないだろう、どうしたんだ。」
口調を強めて言われた言葉に、俺はため息をつく。
「はは、風丸はなんでもお見通しだな。」
苦笑しながら言うと、風丸はごまかすな、というようにこちらを見つめてくる。
昔からそうだ。いくら嘘をつこうとしても、風丸だけにはすぐにばれてしまう。確かに俺は嘘をつくのが上手い方ではないが、それでもあまりに簡単に見破ってしまうのは風丸だけだった。

俺は観念して口を開くことにした。
「お前、身長伸びたなあと思って…」
「なんだ、そんなことか。」
風丸は俺の言葉を聞くとニヤニヤしている。むかつく。その表情に反撃するように、思っていたことを口にした。
「昔は俺よりちっちゃくてあんなにかわいかったのにな!」
言ってからハッとする。怒られる。今まで喧嘩することも多かったが、風丸が本気でいやがることは言ってこなかったつもりだ。嫌われる。
風丸の顔を恐る恐る覗くと、その表情は相変わらずニヤニヤしているだけだった。おかしい。風丸だったらきっとこういうことで怒るはずだ。不安を抱いたまま見つめていると、風丸は笑いを堪えながら言った。
「ほんとお前、かわいいな。」
「は?」
風丸の言ったことがよく理解できなかった。かわいい、俺が?風丸の嫌がることを言ったのに、かわいい?風丸はどうかしてしまったのだろうか。
俺がぽかんと突っ立っていると、突然風丸が俺の頭をぽんぽんと撫でてきた。まるで子供にするようなその行為に、俺はさらに困惑する。顔が熱くなる。今頃俺の顔は真っ赤になっているのだろう。目が回るような気分だ。だって、恋心に近い感情を抱いている風丸にこんなことをされているのだ。
あわあわとしながら風丸の顔を見る。

(…あれ?)
あれだけかわいいかわいいと思っていた風丸の顔は、いやに雄くさい。
…風丸はもう、かわいいんじゃなくてかっこいいのか。

「か、風丸ぅ、離せよ…」
風丸の顔を見たとたん心臓が爆ぜるかと思うほど脈打った。そんな俺を知ってか知らずか風丸はそのまま俺をぎゅうと抱きしめた。
「ひっ」
喉の奥から引き攣った声が漏れる。風丸はさらに俺を抱き込んで、蕩けるような甘い声で耳元で囁いた。
「俺は円堂のことかわいいと思ってるよ。ずっと昔からな。」
そのセリフを聞き、俺は無理矢理引き剥がすように風丸から体を離した。

もしかしたら風丸は俺のことが好きなのかもしれない。俺だって風丸をそういう意味で好きだ。だけど、俺は一歩踏み出すのがこわかった。
「風丸、俺たちなにがあっても親友だよな?」
風丸はふっと鼻で笑うと俺を置いて歩きだしてしまった。嘲笑とも同意ともとれるその笑いに俺はもどかしさを感じた。
「円堂らしくないな、そんなこと聞くなんて柄じゃないだろう」
その声は先ほどのような甘さは欠片も含んでいなかった。風丸はそう言ったきり黙りこんで歩くスピードを上げてしまって、俺はついていくだけで必死になる。小走りでやっと風丸の横に並ぶ。横顔をちらりと見ても、前髪に隠れてしまって表情はまったくわからなかった。
結局それからも、風丸は俺の問いに答えてくれることはなかった。



(それでも親友でしょう?)






両想いにはなりたくない円堂さんと親友のままでいる気はさらさらない風丸さん