君を手に入れた | ナノ
好き。嫌い。好き。嫌い。好き。

幼い頃、お日さま園の女子が花びらをむしりながらそんな遊びをしていたのを見ていた記憶がある。
俺は彼女らが何をしていたのかよくわからなくて、花が可哀想だと注意した。すると玲奈がこれはいいのだと言って逆に叱られ、俺は泣いた。
それはどうやら花占いというらしかった。花弁をむしりながら好き嫌いと唱え、最終的に好きとなれば想い人は自分のことが好きなのだという。
幼いながらに、花には決められた数の花弁しか咲かぬことを知っていた俺は、そんなものより星占いのほうがよっぽど好きだった。


そのことを思い出し、気紛れに道端に咲いていた花に手を伸ばしたのは三週間前のことだった。花弁の数を確認することなく、一枚一枚引っ張っては地面に落とす。
「好き、嫌い、好き、嫌い……」
そこで手を止め残る花弁を数えてみる。
「三枚…」
好きで終わる、ということは理解した。…しかし。
「馬鹿らしい」
ぽいと花を地面に捨て靴底で踏み潰す。報われない恋であることはわかっていた。


今日に至るまであの日の虚しさは忘れていない。この胸を引き裂かれるような想いも彼に届くはずがないのだ。もし男同士でなく俺が女だったとしてもそのことに変わりはなかった。きっと彼には想いを伝えても理解してもらえない。
雷門中学の合宿所内にある自室に戻ると電気すらつけずにパソコンを起動する。端子にSDカードを挿しプリンターに画像を出力した。それは彼の写真だった。
世間では所謂隠し撮りとも言われるものばかりであったが、俺はただ大好きな風景を写真に収めただけのことである。印刷された写真を丁寧につまみ、裏にテープを貼るとそれをそっと壁に押し付けた。
「今日もかっこよかったな、円堂くん」
パソコンの明かりのみが部屋を照らす。椅子に座り壁を眺める。そこには何十、いや何百という写真が無造作に貼り付けてある。全て俺の想い人である円堂くんの姿が写し出されたものだった。
薄明かりの中それを舐めるように見つめてから席を立つ。
俺にとってはこの写真の全てが俺の活動源だ。この部屋にいるこの円堂くんたちだけは、俺だけのものだ。誰にも奪われることのない二人だけの空間。いや、たくさんの円堂くんと俺だけの空間だった。

バスタオルと着替えを持ち部屋を出るとそっと扉を閉め、鍵をかける。鍵をポケットにつっこみ廊下を歩いていると、丁度部屋から出てきた円堂くんと遭遇した。いや、これは狙ったものだった。
「やあ円堂くん、今からお風呂?」
「おう、ヒロトもか?」
うん、と答える声が弾んでいることを自覚する。
俺は彼の一日の行動パターンを把握している。この時間に一人で大浴場へと向かうことももちろん知っていた。円堂くんの横へ並び浴場へと向かう。足取りは軽かった。

見ているだけで幸せ。それが俺のスタンスだ。だから、今まで一度たりとも円堂くんに手を出そうとしたことはない。もちろん今だってそうだ。円堂くんが風呂に入るタイミングを見計らって部屋を出たのも初めてのことだし、それもただの気まぐれだった。

談笑しているうちに更衣室へと到着する。珍しくそこには誰もおらず、円堂くんは急いで服を脱ぎ散らかすと浴槽に飛び込んだ。
「やり、貸し切り!」
ばしゃんと派手な音を立てながら水飛沫が飛ぶ。俺は服をかごに入れると浴槽に近付いた。
「久遠監督に見つかったら怒られちゃうよ」
まるで小学生のような行動に笑みがこぼれる。円堂くんはお湯に口をつけぶくぶくと空気を吐き出しながら俺を上目で見上げる。
ん、と微笑みながら首を傾げるも、円堂くんは無言で泡を吐き出し続けるだけだった。
「…可愛い」
無意識に零れた呟きを敏感に聞きとった円堂くんは、ぼぶっと奇妙な音を上げ、湯から顔を上げ身体をのけぞらせた。
しまった。それが俺が最初に巡った思考だった。円堂くんは顔を赤くし、目を見開いて口をぱくぱくさせながら俺を見上げている。
その表情に微かな違和感を覚えながらも、ごめんと慌てて謝り円堂くんに背を向けると洗い場に向かった。

シャワーヘッドから水が滴る。髪を濡らしシャンプーで泡立て洗い流すと頭皮につかないようにリンスを髪に薄く伸ばした。リンスは男ではなかなか使わないらしいが、風丸君や吹雪君らは使用しているらしい。チームメイトが物珍しそうに俺たちを見ていたことを思い出した。
浴場内は微かな水音が響くだけで、俺も円堂くんも口を開かなかった。気まずい、こんなことなら狙って出てくるんじゃなかった。
「……あのさ」
ぽちゃん。水の落ちる音と共に円堂くんが俺に話しかける。リンスをシャワーで流しながら、肩が跳ねた。
「俺、ヒロトのこと…」
きゅっと音を立てながらシャワーを止める。
「…ヒロトの、こと」
「続きは言わなくていいよ」
彼が言わんとしていることの想像はついたが、その言葉を聞きたくなかった。たまった湯を捨てた湯桶を裏返し、音を立てて風呂椅子から立ち上がる。気が動転しているようで、どこか心の奥は冷静だった。
泣きそうな顔をして湯につかる円堂くんの正面に向き合って立つ。
「円堂くんのこと好きだけど、言わなくていいよ」
円堂くんの気持ちを拒んでいるわけではないということを主張して、そのまま風呂場を立ち去った。それでも円堂くんには伝わらなかったらしく、俺が服を着ている間に風呂場から嗚咽が響くのが聞こえた。それでも俺の心は冷めていた。


見ているだけで幸せ。だから両想いになって付き合うことに興味がない。なんてことはもちろんない、俺は円堂くんが欲しかった。でもその前にやりたいことがあった。
俺は部屋に戻ると壁中に張りつけてある彼の写真に手をかけた。
「好き、嫌い、好き、」
ばりばりと壁から写真を剥がしながら、ぶつぶつと呟く。暑くもないのに全身から汗が噴き出てきた。
好き、嫌い、好き、嫌い……次々に壁から俺だけの円堂くんがはがれおちていく。俺だけのたくさんの円堂くんが。
「嫌い、好き、」
手を止める。何百枚とあったそれが床に散らかっている。残りの写真は一枚だった。とびきりの円堂くんの笑顔。初めて壁に貼った、俺が彼に頼んで撮らせてもらった俺と彼とのツーショットだった。
「嫌い」
べりべり。無様な音を立てて写真が床に落ちた。喉の奥から奇妙な笑いが漏れ出す。
「ほら、花占いなんて嘘ばっかり」
ひまわりみたいな俺だけの円堂くんで占ったら、彼は俺のことが嫌いだというではないか。でも現実はそうではなかった。円堂くんは、円堂くんは俺のことが。
くつくつという笑いが止まらない。嘘つき、女の子の嘘つき。
なくなった、俺の、俺だけの円堂くんが全部なくなった。全部、全部、明日には灰になる。
「そうだ、明日円堂くんに告白しよう!」
こんな写真などではなく本物の円堂くんが俺だけのものになるのだから!





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