全部教えてあげる | ナノ
風丸一郎太が円堂家を訪ねるのは久々のことだった。
定期テストの数日前になり「勉強を教えてくれ」と円堂が泣きつくのはいつものことだったが、最近では鬼道や豪炎寺が専らその役目に徹していた。
風丸はそのことに対し若干の寂しさを感じながらも、これで勉強に集中できるではないかと自分に言い聞かせていたのであった。

しかしそれも束の間のことだった。豪炎寺と鬼道に断られたと、円堂が再び風丸に泣きついたのだ。

「全く、仕方ないな…」
円堂を勉強机に座らせた風丸は、一階から運び込んだ木製の椅子に座り、ため息をついた。その声は心なしか弾んでいるようにも感じられる。
風丸は円堂にとりあえず課題を終わらせろと言うと、円堂の部屋を見回した。
男の子らしく簡素な家具ばかりだ。くしゃくしゃの布団の置かれたベッド、沢山の少年漫画が並べられた本棚、辞書やプリントの詰め込まれた勉強机。それらを一つ一つ眺めていった風丸は、円堂は相変わらずなのだと顔を緩ませた。
背もたれに体重を預け、必死にプリントと向き合う円堂を眺める。部屋も、円堂も、昔から変わらないままだ。そのことが風丸にとっては何よりも嬉しかった。
風丸は鞄から教科書を取り出すと、自分自身の勉強に集中することにした。


数十分経った頃だろうか。うーうーと円堂の唸る声が聞こえ、風丸は顔を上げた。
円堂は顔を勉強机に置き、へなへなと脱力していた。始まった。そう思い、風丸は頭が痛くなるのを感じた。円堂の勉強中の悪い癖が出始めたのだ。
「……おい、円堂」
「ううーー…風丸ー…」
完全にやる気をなくしていまっている様子の円堂を見た風丸は、腰を上げ円堂の隣に立つと教科書の角で軽く叩く。円堂はいてっと声を上げ、風丸を睨み上げる。随分とふてくされた様子だった。
「…あのな、わからないなら諦める前に俺に聞けばいいだろう」
溜息をつきながら風丸が言う。何のために同じ部屋にいると思っているのだ。むくれた円堂はだって、と反論しようとするも、口を噤んでしまった。
不意に円堂は机から顔を上げ、風丸に体ごと向き合う。

「…甘えちゃだめなんだ」
随分と真剣な声で捻り出されたその言葉に、風丸ははっとして円堂の顔を見つめる。円堂の顔が赤くなっているように見えた。風丸の全身から汗が噴き出す。なんで甘えちゃだめなんだ。そう言った風丸の声は震えていた。
「か、風丸に迷惑かけちゃだめなんだ!風丸に、風丸に甘えちゃったら俺、」
円堂の顔は見てすぐにわかるほど赤くなっている。それに比例するように風丸の心臓も強く脈打つ。風丸は自分の心臓の音が円堂に届いてしまっているのではないかと思うほどだった。

「俺、駄目になっちゃうんだ」

最近変なんだ、俺。そう言った円堂の声は泣きそうだった。
それは予期せぬ事態だったが、風丸は歓喜する気持ちを抑えられなかった。風丸は以前から円堂に恋心を抱いていたのだ。円堂が言葉にいい表せない様子である風丸に対する感情を、聡い風丸はすぐに理解することができた。
風丸は円堂の座る椅子の背もたれに手をつき、円堂に顔を近づけた。

「駄目になればいい」
歓喜と興奮で風丸の息が上がり、額からこめかみを汗が流れ落ちた。夏でもないのに異様に体温が上昇していた。
風丸が円堂の顔を見ると、真っ赤になった円堂の額にも汗が浮き出ていることに気付いた。一気に部屋の温度が上昇したような感覚に囚われ、風丸は親指で円堂の額の汗を拭う。
円堂は風丸の名前を何度か呼び、俺、俺と口ごもっている。
(あの鈍い円堂が俺のことを好きだなんて!)
異性からの愛情にも気付かない円堂が。円堂の心を手に入れた風丸は、欲望の趣くままに円堂の頬に指を這わせた。

「勉強以外のこと、いっぱい教えてやるよ円堂」
円堂が無言で俯くのを見た風丸は、円堂の額に唇を落とした。


当初の予定→ラブラブチュッチュ どうしてこうなった!