愛だよ8-1 | ナノ
8円堂視点

何かが俺の頬に触れてなんだかくすぐったい。でも心地が良くて、目を瞑ったまま俺はその何かにすり寄った。温かい。
体の痛みも取れていないし、まだ体も熱い。それでも意識を失う前よりは充分なほど楽になっていた。ひどく心を冷やした孤独感も頬に伝わる温度が癒してくれて、寂しさもなくなっている。体を包むさらさらとしたシーツの感覚も気持ちがいい。
「ん……」
…ん?
なにやら人の声が聞こえたような気がする。聞き覚えの、あるような声が。
意識が覚醒してぱちりと目を開く。
「う、わぁ!」
視界いっぱいに人の顔がうつっている。驚いて体を起してのけぞってしまった。体の節々が痛んだが、それでも今までに比べたら屁でもないような痛みだった。ベッドから落ちそうになり、慌てて体勢を整える。
まじまじと見てみると、それは風丸だった。枕元に投げ出された手が俺の頬に触れていたのか。よく寝ているようで、叫んでしまったにも関わらず目を覚まさない。
それを風丸だと認識した瞬間、心臓がばくばくと脈打つ。心臓が痛い。全身から嫌な汗が噴き出す。
「……、…」
風丸にされたことは忘れたくても忘れられない。痛みも恥辱も鮮明に脳に焼き付いて離れない。呼吸が上手くできず、ベッドの端に寄り風丸から距離をとった。
依然として風丸は目を覚まさない。俺はだるさの残る体に喝を入れ、そろそろとベッドから降り、ベッドを囲むように設置されたカーテンをくぐる。風丸の部屋ではないと思っていたが、そこは学校の保健室に似たような作りをした場所だった。室内に人影は見当たらず、いま俺は風丸と二人きりなのだということを実感させられた。

知らぬ間に着せられたらしいジャージに身を包み、素足でぺたぺたと冷たい床を踏む。革張りのソファに座り、医療器具を眺める。
体育なんかでサッカーをしている時に転んで擦り剥いたりして、保健室に世話になったことを思い出してしまい、なんとなく切ない気持ちになった。もう、怪我したことを叱責する友人も温かく優しい保健医もいないのだ。
俺のせいなのか。俺に力がなかったから。
思わず視界がぼやけてしまう。わかりたくもないことだったが、力を求めた風丸の気持ちがわかってしまった気がした。
ソファの真後ろに姿見があることに気がついた。俺の顔にはガーゼが絆創膏がいくつも貼られていて、バンダナも見当たらない。やはり惨めだと感じた。俺は男なのに、犯されて、殴られて、抵抗できなくて。自分は男が好きなわけじゃないのに、そうされて射精してしまったという事実にひどく混乱していた。バンダナをつけていない額が肌寒かった。


それから数分経ったころだろうか。シャー、とカーテンを開ける音が聞こえ、振り向くと風丸が眠たげな顔でこちらを見つめていた。
「風丸……」
その顔に表情はなく、背筋が凍るかのような感覚に陥った。風丸が怖いと思ってしまう。
風丸がベッドから降りる。反射的に俺は身構えてしまった。風丸はベッドの傍に履き捨ててあったスリッパを履くと、こちらに近づいてきた。
「く、くるな!」
俺は咄嗟に距離を置く。自分でも体が震えているのがわかる。風丸に触れられたら何をされるかわからない。また力ずくで押さえつけて殴られるのか。
しかし、予想に反して風丸は興味なさげな顔でこちらを一瞥すると、ベッド脇の籠から便所サンダルのようなものを拾うとこちらへぽいと投げてきた。
「体調、マシになったなら俺の部屋に戻るぞ」


医務室のような部屋を出て階段を下りると、風丸の部屋はすぐだった。廊下ではどちらも一度も口を開かず、ぴりぴりとした空気が肌に痛かった。
風丸が自室のドアを開けると、俺に入るように促す。俺はやはり逆らうのが怖くて、素直にドアをくぐった。
風丸がどかりとベッドに腰掛ける。こういった姿を見ると、風丸は外見に反して案外男らしいと思う。俺はどうすればいいのかわからず戸惑っていると、手招きをされた。威嚇するようにじりじりと近づくと、風丸は「ベッドでも椅子でもいいから座ればいい」と言った。
さすがにベッドに座る気にはなれず、部屋の中央付近にある机に備え付けられたような木製の椅子に腰掛けた。机の上には何故か牛乳の入ったマグカップが置いてあった。

「すまなかったな」
「へ?」
唐突に口を開いた風丸が何について謝っているのかがわからなかった。まさか、あんなことをして、いまさら謝ろうとでもいうのだろうか。口から間の抜けた声が出てしまった。首をかしげていると、風丸は俺が熱に魘されている間のことを話してくれた。
俺は顔を青くしながらその話を聞いていた。そんな粗相をしてしまったのか。もとはといえば風丸のせいだが、それでも風丸に世話をかけてしまったと思うと申し訳なかった。
「これからはもうちょっと優しくしてやるよ、仕方がないからな」
ふふんと笑いながら風丸が言う。その言葉にむっとした。仕方がない、と言われても、俺はそもそもそういった行為を望んですらいない。
「なんでお前は、俺にあんなことしたんだ」
責めるような強い口調で問うも、風丸はただ笑っているだけだった。ダークエンペラーズになってからの風丸の笑顔はあまり好きではない。その笑顔から目を逸らし、感情をぶつけるように言葉を吐き続ける。
「あんなことして楽しかったか。そんなに俺が憎かったのか?それでも俺は風丸のこと大切な友達だと思ってるけど、でも、もうあんなのは嫌だ。なあ、なんで、なんでなんだよ」
大声でまくし立てるが、風丸は何も言わない。涙がこみ上げ声が震える。ここに来てからは泣いてばかりだ。情けなかった。

「愛、かな」
ずっと無言だった風丸が、やっと俺の問いに答える気になったらしい。しかしそれは俺の予想の範疇を超えるものだった。
「…は?」
「俺はお前のこと愛してるから犯したんだ」
「なに、言ってるんだ……?」
風丸がベッドから立ち上がり、椅子に座ったまま固まっている俺に近付いてきた。先ほどのように逃げることはできなかった。まるで思考が停止してしまったかのようだった。





汚れたシーツやタオルは研究員が片付けました。