5円堂視点 目が覚めたら辺りは真っ暗で何も見えなかった。人の気配もない。ここには窓もなにもなく、どうやら地下のようだ。意識がはっきりせず、霞がかかっているようだった。 「うう…ぐ……」 全身が痛い。吐き気も頭痛も腹痛もひどい。心臓が脈打つたびに全身に鈍い痛みが広がる。動かなくても口からうめき声が漏れてしまう。 口内いっぱいに鉄の味が広がっている。気持ちが悪い。すぐにでも意識を落としたいのに、痛みのせいでそれすら叶わなかった。 意識は朦朧としているのに全身の感覚が冴えわたって、激痛が明確に伝わる。痣や傷口が熱を持ってじくじくとして、苦しい。 いや、傷だけではなく、全身が熱い。感覚的に、熱が出ているのだろうと思った。 ぼんやりとして思考がまとまらないが、気を失うまでのことだけははっきりと思い出せる。 風丸が。風丸に。 考えたくはなかったが、それでも脳はあの記憶を引き出し続ける。 痛くて、苦しくて、屈辱的で。それなのに。きもちよかった、なんて。 目の奥がつんとして、涙が零れる。顔の傷に塩水が沁みて痛みが増すが、それでも涙は止まらなかった。 なんで風丸はあんなことをしたんだろう。俺を犯して、殴って、首を絞めて。それほどまでに俺は憎まれていたんだろうか。それほどまでに風丸に苦しい思いをさせていたんだろうか。 風丸に犯されたこと、風丸を救えなかったこと、風丸になにもしてやれなかったこと、全てがただただ悔しくて仕方なかった。 思えば、風丸のことをここまで想ったのは、風丸がキャラバンから降りたあの日以来のことだ。立向居の姿を見て立ち直ってからは時間が慌ただしく過ぎて行くばかりで、風丸たちのことを忘れたことは一度もなかったけれども、それでもやはり考える余裕などはなかった。 (ずっと風丸の傍にいてあげれば、何か変わってたのかなあ。) 仰向けに寝転んだまま、流れた涙は耳や髪をぬらし続ける。ずる、と鼻水を啜ると、突き刺すような痛みが走る。鼻の中も切れているのだろうか。しかし、細かいことも考えていられないほどに顔中が痛い。あれから何時間たっているのだろうか。きっと俺の顔は赤く腫れあがっているのだろう。 (……寒い) 身体に伝わるのはベッドのシーツと薄手のブランケットの感触だけだ。服は着せられていないようで、情け程度にかけられたブランケットのごわごわとした生地の感触が、俺をいっそう惨めな気持ちにさせた。 寒い。気持ちが悪い。腹が痛い。 今にも吐きそうだし、なんというか、腹の痛みも、嫌な想像をさせるものだった。それでも体は動かないし、どうしようもなかった。 股の間に濡れた感覚がしていて、風丸がローションも精液もなにも処理せずにこの部屋を出ていったことが察せられた。 (痛い、痛い、いたい、……寂しい…) 暗闇の中で一人でいることがたまらなく心細く、誰かに傍にいてほしかった。冷たいばかりのこの部屋に残る風丸の匂いが、少しだけ孤独感を和らげてくれた。薄らと瞳を開いてみたが、やはり暗闇しか映し出してくれなかった。 俺が荒い呼吸をする音だけが部屋に響く。もう鼻水を啜る元気すら残っていない。朦朧としていた意識が、さらに薄暗くなってゆく。ああ、これでやっとまた眠れる。俺は再び目を閉じると、意識を闇の中へと放り投げた。 寂しさは胸の奥で固まったままだったが、俺が望むことはひとつだけだった。 帰りたい。 (どこに?) |