それは、いつもと変わらない日のことだった。
「あ、ねえねえラギっ良かったら一緒に帰りましょ!」
日が傾き、あたたかい色が周囲を包む頃。見知った人の背中を見つけた私は、駆け寄って声をかけた。
「なんだ、騒がしいと思ったらおまえか」
呆れたように言うラギは、面倒そうな表情とは裏腹に立ち止まって私を待ってくれている。
そのことに、なんだかくすぐったい気分になった。
「今日の晩御飯は何かなあ」
「さーな」
「ラギは何が食べたいの?」
「そりゃーもちろん肉に決まってんだろ!」
いつも通りのやり取り、いつも通りの帰り道。
のんびりとお話しながら歩いているせいか、二人の足取りもゆったりだ。
「そういや、昼に実験室で起きた爆発っておまえか?」
「な、なんで知ってるの!?」
ラギの言った通り、お昼のすぐあとの授業で失敗したのは紛れもない事実だ。だけど、その場にいなかったラギが知っているなんて!
「ちょうどその時間に中庭で昼寝してたからな。突然デカイ音がするから、びっくりして目が覚めちまった」
「うう、ごめんなさい……」
「別にいーけどよ。そんなに気にしてねーし」
項垂れる私に、苦笑まじりの声が降ってくる。
「で? 今回の原因はなんだったんだよ」
「……その、実験を組むペアがアルバロだったの」
「……なるほどな」
歯切れ悪く答えると、事情を察したのかラギはひくりと頬を引き攣らせた。
「あいつはマジでロクなことしねーな」
「でも、アルバロのことを抜きにしても失敗が多いの。まだまだ勉強が足りないってことよね……」
自然、ため息も重くなってしまう。
「ルル」
降ってきた声に顔を上げると、頭にあたたかな手が触れる。【どうしたの】と聞き返す間もなく、ぐしゃぐしゃと髪を乱すように撫でられた。
「ラ、ラギ! いきなり何するのっ」
「おまえがまた、情けないツラしてるからだバーカ」
慌てて手櫛で髪を整えていると、心底呆れたような顔でラギは口を開いた。
「前にも言ったろ、おまえに足りてねーもんはなんだ」
「あ……」
『今のおまえに足りてね―のは、知識でも技術でもねーぞ』
今の私に、足りないもの。それは、
「必要なのは【余裕】……」
「そーだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか」
朗らかに笑って、ラギはもう一度私の頭を撫でた。今度はそっと、労わるように。
「おまえらしくいけよ、焦ったっていいことなんかねーんだしさ」
「……うん」
夕陽を背に笑うラギの姿は、なんだか眩しい。ラギの言葉を噛み締めながら、ゆっくりと目蓋を下ろした。
本当に、ラギはあったかい。ラギの言葉の一つ一つがまるで魔法みたいに、胸にしみこんでくる。
(ああ、やっぱり、)
ラギのこと、好きだなあ。
(……え?)
何気なく、心の中にすとんと落ちた言葉に引っかかりを感じて目を開く。心臓が、不自然なリズムを刻んだ。
(好き)
誰が、誰を?
(私が、ラギを、)
好き―――…
「ルル?」
はっとして視線を上げると、いつまでも黙り込んでいる私を不審に思ったのか、ラギが怪訝そうな顔をして覗きこんでいた。
「……っ!」
視界いっぱいにラギの顔が広がって、息が詰まる。
まるで喉がはりついたみたいに声が出ないのに、目の前の燃えるような赤から目を逸らすことができない。
(……どうしよう)
ラギへの気持ちに、気づいてしまった。
自覚してしまった今では、なかったことになんてできない。
(どう、したらいいんだろう)
わからない。
どうしたらいいのか、どうしたいのか。
わからない。
(だけど、ひとつだけ確かなのは)
今、私の頭の中は、ラギでいっぱいだということだけだった。
あなたがかけた解けない魔法(それは、恋だった)
想いの自覚篇。
2011.09/27掲載
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