「落ち着いたか」
「…ごめんなさい」
涙が引いて落ち着いてくると、次に襲ってきたのはとてつもない羞恥心だった。
最初に取り乱したのはエースの方だったのに、いつの間にか立場が逆転していて居た堪れない。
あんな子どもみたいに声あげて泣くとか…!!
「ごめんなさい。そしてありがとうございます…」
「あ、いや…。それよりさっきの話の続きなんだが…」
「ちょっと待ってて。部屋から必要な物を取ってくるわ」
そう言って、私は自分の部屋へと戻り、世界地図などいくつかのものを持って降りた。
部屋でひとりになった時に思う存分悶えて暴れたおかげで、ようやく羞恥心から脱出することが出来た。
持ってきたそれらを机の上に置く。
さてと、持ってきたはいいもののどう説明したら良いんだろう…。
あんな馬鹿げたことを言わなくちゃいけないのが恥ずかしい。
「今からお前何言ってんだみたいなこと言うけれども、ちゃんと聞いててね」
「?おう?」
前置きの段階から不思議なことを言う私に、エースは首を傾げながらも頷いた。
まあ、この状況だったら頷かないわけにはいかないんだけれど、言質取ったからね!
「えっと…ストレートに言ってしまうと、この世界と貴方がいた世界は違うのよ」
・・・
精神的に削られる沈黙が続いて、冷や汗が垂れる。
「は?」
「だから、この世界は貴方の知っている世界と違うの」
私は馬鹿みたいな発言をしていると思う。
それは分かっているのだが、目をぱちくりとさせるエースは何だか可愛いだなんて、場違いな感想を抱いた。
ちょっと余裕が出てきたわね私。
「この世界?俺の世界?どういうことだ?」
それでも、笑い飛ばすでもなく真剣に聞き返してくれたことに、安堵する。
本物だと信じることにしたが、やっぱりどこか疑ってしまっている自分に苦笑する。
いや本当に、これで本物じゃなかったら、あんなに泣いた私はただの馬鹿よ。
大馬鹿者として晒されていたわ。
「手っ取り早いのが、これだと思う。これがこの世界の世界地図」
机の上に世界地図を広げてみせた。
「世界地図って言われても、俺、世界地図なんてあんまり良く分かん…」
困ったように笑いながら地図を覗き込むエースの顔から笑顔が消えた。
「なんだこりゃあ…。お、おい、グランドラインはどこに…」
彼らの世界で一番大きな存在であるグランドラインは、当然この地図にはない。
必死で地図を見渡すエースに首を振ってみせた。
「ないのよ。そんなものは」
「ないって…。嘘言うんじゃねえよ…!グランドラインがないなんて、そんなことが…っ!!」
「グランドラインだけじゃないの。北の海や東の海も無いのよ」
「ないって…」
呆然とするエースに私はどうすることも出来ない。
「じゃ、じゃあこの海は!?」
「太平洋」
「じゃ、じゃあこの海は!?」
「大西洋」
「じゃあ、ここは!?」
「北極海」
海を見つけては聞いてくるエースに、胸が痛んだ。
そりゃそうよね。自分が知っている世界じゃないなんて、そう簡単に信じられるものじゃない。
でもこういうことは最初にちゃんと伝えておかないと駄目だ。
戻り方が分からない今、エースはこの世界で生きていかないといけないのだから。
「すぐに信じろっていうのは無理な話だって分かっているわ。もちろん私が頭のおかしい女だって思われても仕方ないってことも分かっている」
「あ、いや。すまねえ…。多分、お前は嘘吐いてねぇってのはなんとなく分かる。でも…、さすがにこれは頭がついていかねえんだ」
予想外に私のことを信じてもらえていたことが小躍りしたいくらい嬉しかった。
こういう心根が真っ直ぐなところが一番の魅力よね。
「よしっ!休憩しましょう!」
「いや、俺は別に…大丈夫だ!親父の話もまだ聞いてねえし!!」
「だーめ。今あなたに必要なのは頭を整理する時間だわ」
焦るエースに、首を横に振って返す。
こういうのはひとりになって、じっくり考えてみた方が良い。
それに、まずはこの問題を飲み込んでもらわないと、次の話が出来ない。
…それに、真実を告げる勇気がまだ持てないから、出来るだけ先延ばしにしたいっていう気持ちもある。
「ということで、シャワー浴びてきたら?」
「お、おう」
風呂場まで案内して、用意していた着替えと、ちょうど今日外出た時に買っておいた下着のセットを渡してリビングへと戻る。
エースがいなくなった空間で一呼吸をする。
「ふう…」
大変なことになった。
一体全体何が起こったのか理解出来ない。
ひとつだけ分かるのは、本物のエースが生きて私の目の前に現れたということだけだ。
逆トリップなんて本当に私の頭がおかしくなっちゃったのかしら。
未だに信じられないわ。
エースが本物だということは信じられるけれど、この状況は信じられないっていうこの微妙な気持ち。
「ああもう本当に意味が分からない…!」
そう叫んだ時、風呂場からこちらへと走ってくる足音が聞こえた。
そして、すぐにエースがリビングへと駆け込んできた。
パンツ一丁で。
「ちょ、何でパンツ一枚なのよ!?」
「ああ、悪い…って、そうじゃなくて!!お前、もしかしなくても、俺の下着まで着替えさせたのか!!?」
なるほど。服を脱いだ時にようやく気付いたのか。
気付かなかったら良かったのに…!!
頬を赤くするエースに釣られて、私の顔にも熱が溜まっていくのが分かる。
「しょうがないじゃない!!血まみれだったんだから、不衛生でしょ!?」
「だから、っておまっ…!」
「それとも血まみれのパンツでいたかったの!?」
「それは…」
キレる私に、さすがにそれは嫌だったのか口ごもるエース。
そりゃエースも恥ずかしいだろうが、私も恥ずかしいんだよ!
ここは両者痛み分けでいいじゃないの!
とりあえず着替えについては引き下がることにしたらしいが、納得できないのかしゃがみ込んでしまった。
その状態でちらりとこちらを見る。
「その…見た、のか…?」
「……極力見ないようには気をつけたわよ」
「そうか…」
見てないと嘘は言えなかったので、とりあえず気は遣ったことだけは伝えた。
それでもショックだったのだろう。
むくりと起き上がるとふらふらしながら風呂場へと戻って行ってしまった。
あの状態で行って、果たしてお風呂で考え事が出来るのかしら…?
*prev / next#